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小倉広メルマガ vol.91 『半沢直樹を一度も見ない小倉広の人生脚本』



vol.91「半沢直樹を一度も見ない小倉広の人生脚本」

「倍返しだ!」

という言葉が流行語大賞を取らんばかりの勢いだろうが、会う人、
会う人が皆、話題にしようが、とうとう私は一度も「半沢直樹」を
見なかった。また、一度も見たい、とは思わなかった。それは
「じぇ、じぇ、じぇ!」の「あまちゃん」も同じこと。そもそも私
はテレビをほとんど見ない(W杯やオリンピックを除く)。見たい
とも思わないのだ。

その理由がわかった。いや、私がテレビを見ない理由だけではない。
テレビを見ない「的な生き方」を私がしている理由が見えてきたのだ。

私は「テレビを見ない的」な生き方を自ら選んでいる。それは「普
通とは違う」生き方だ。私はそれを自ら選んでいる。おそらくは、
幼少期の頃にその生き方を自分で選び取った。そして、50歳に近く
なった現在もまだ、その生き方を「無自覚に」続けているのだ。

「テレビを見ない的」生き方。「普通とは違う」生き方として、私
が思いつくものをちょっとあげてみたい。

● 都心のど真ん中(表参道、以前は麻布十番)に住んでいる(普通
 の郊外の住宅街ではない)
● 子供がいない生活を続けている。DINKSもしくは独身を謳歌
● 2度離婚している。(普通の家庭ではない)
● 家に物を置かずショールームのような部屋(普通の家ではない)
● ジャズや落語など通人の趣味(普通の趣味ではない)
● サハラ砂漠マラソンや100kmトレイルが趣味(普通のマラソン
 ではない)
● 執筆や講演を仕事にしている。(普通のサラリーマンではない)
● 文章や講演内容が自己をさらけ出すスタイル(普通の文章でない)
● 出版ペースが異常に速い(普通の年2~3冊ではない)
などなど。

どうやら、私は、ことあるごとに「自分は普通ではない」「自分は
特別な人間なのだ」ということを証明しようとしているような気が
してならないのだ。

かといって、それをひけらかしたいわけではない。無理をしている
わけでもない。ごく自然にそれをしている。当たり前のこととして
「特別である」ことをしている。これは、アドラー心理学的に言え
ば「 I should be special 」(私は特別な存在でなくてはならない)
という種類のライフスタイル(性格・価値観)を持っている、と言
えるだろう。

「小倉さんは、まさに、お父様のおっしゃった通りに生きている
 じゃないですか!小倉さんのHPに書いてある、小倉さんのプロ
 フィール。あそこに小学校~社会人までの小倉さんの足跡が書い
 てありますね。その人生は、まさに、お父様がおっしゃった言葉
 そのままではないですか!」

アドラー心理学の師匠、有限会社ヒューマン・ギルド代表の岩井俊
憲先生はそうおっしゃった。私が先生にお伝えした父の言葉。父と
の思い出とは以下のようなものだ。

それは、私がまだ幼稚園生だった頃。父と母が繰り返し、私に伝え
た父の若き日のエピソードだ。母の言葉でそれを再現してみたい。

「ヒロシ。お父さんはね。一級建築士、という難しい資格を大学生
 の時に一発で合格したのよ。しかもね、お父さんは、試験の前の
 日にオールナイトで映画を見ていたの。勉強をしなくても受かった
 のよ」

私が思い出を語ると、岩井先生はこう解説をして下さった。

「小倉さん。それはアドラー心理学でいうところの『家族価値』で
 すね。父と母が共に語った『家族間で共有されている価値観』。
 それをヒロシ少年はそのまま受け入れ、自らの中に取り込んだ。
 自らのライフスタイル(価値観・性格)として受け入れたのです」

「そして『自己理想』として『自分は父のような特別な人間になる
 んだ』『勉強をしなくてもいい成績を取る』『普通の人とは違う
 特別な存在』になる、と決めたのです。そして、その通りの人生
 を歩んできた。それが『テレビを見ない』というところにも現れ
 ている。だから小倉さんはあれだけブームになっても『半沢直樹』
 を見なかったのです。小倉さんはフォロワーにはならない。常に
 スペシャルなパイオニアでいたいのです」

実は、私はアドラー心理学を学び始めてからこのことにぼんやりと
気づいていた。アドラー心理学では、個人の思考、行動、感情を規
定するものをライフスタイル(価値観、性格)と呼んでいる。そし
て、それは幼少期10歳頃までに形成されるとアドラーは言った。

アドラーの高弟B.H.シャルマンは「ライフスタイル」を「人生の設
計図」と例えた。またR.パワーズはそれを「人生という劇の脚本」
と呼んだ。つまり、私たちは幼少期に自ら設定した「ライフスタイ
ル」という「人生の設計図・脚本」に従って人生を生きている。
そしてほとんどの人は自分の「ライフスタイル」を知らない。私は
幸いなことにアドラー心理学を学ぶことで、その存在を知った。そ
して自分の「ライフスタイル」(価値観・性格)を少しずつ解き明
かすことができたのだ。

アドラー心理学では、ライフスタイル分析をする際に、「家族布置」
をまずは明らかにしていく。あたかも空に輝く星たちの星座を見る
ように、家族の構成員とそれぞれの関係性を年齢や性格、誰が誰と
似ていて、誰と仲が良く、悪くて、どっちが優れているか、などを
分析していくのだ。

それと同様に、先の私の例にあるように「家族で共有されている家
族価値」や「家族の雰囲気」さらには、幼少時の思い出である早期
回想分析、夢分析、などを駆使し、ライフスタイルをあぶり出す。
私は師匠である岩井先生のもとで、そのカウンセリング技術を学ん
だ。そして知らず知らずに自分の分析をしていたのである

やはり、そうか。なるほど。半沢直樹を見ない原因もそこにあった
のか……。

三つ子の魂百まで。恐ろしいことに、私は幼稚園の頃に決めた自己
理想と呼ばれる人生目標そのものに生きている。しかし、それは父
や母から押しつけられたものではない。自分で選び取っている生き
方だ。それが、アドラー心理学を学んでからわかるようになってき
た。いろいろな自分自身の謎が解けてきたのだ。

自分を知るっておもしろい。謎が解けるっとおもしろい。
そういえば私のもう一つのライフスタイルは「 Excitement Seeker」
(興奮・高揚感を求める人)であった。
「特別な存在でありたい人」「興奮・高揚感を求める人」うーん。ま
さに私そのものだ。さて、この人生脚本。私は書き換えるべきなのか、
このままでいくべきなのか。じっくりと考えてみたい。ガラリと書き
変えるのではなく、深めていくか、広げていく。もしくは「特別」や
「高揚感」の中身や定義を変えていく。そんな人生脚本の「修正」も
いいかもしれない。ますます私は人生が楽しくなってきているのであった。

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