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小倉広メルマガvol.338 小善は大悪に似たり 、大善は非情に似たり



vol.338 『小善は大悪に似たり 、大善は非情に似たり』 
出典:折れない自分のつくり方



◎さまざまな角度から 多面思考をする

メンバーのために最善だと思った決定が、理解されずに反感を買ったり、
相手のためによかれと思った行動が、
受け入れられずに拒絶されたりすることがある。
これは、リーダーが成長し、自分軸をつくり上げる過程で
必ず直面する壁だと言っていい。私はこの壁に何度もぶち当たっている。
そして、そのたびに軸が揺れ、心が揺れ、後戻りした。

リーダーが嫌われることを恐れないためには、
ものごとを時間的、空間的に広い視点でとらえる必要がある。
これはまた、自分軸を正しく確立するためにも必要なことだ。
時間的とは、真意が伝わるまでにタイムラグ、時間差があるケースのこと。
若い頃はわからなくても、年月を経て成熟するにつれて
理解してもらえることがある。

空間的とは、人や立場、とらえる角度によって善し悪しが変化するケースだ。
自分にとって良いことでも家族のためにならなかったり、
メンバーの山本課長個人の成長にはなるけれど、
部署全体で考えたらマイナスが大きかったり。
ある人には善でも、別の誰かには悪となるような場合のことだ。

一義的に見ているだけでは、正解を出す確率は上がらない。
正解だと思い込んでも裏目に出てしまうことがある。
相手のために、利他の心で判断を下しても、
別の角度から見たら答えが違ってくることもある。

だからこそリーダーは、時間的、空間的にあらゆる視点から検証し、
判断しなければならない。

リーダーの選択は、一筋縄ではいかないのだ。

◎非情なほどの厳しさが善になる

リーダーの選択は、一筋縄ではいかないだけではなく、時として厳しい。
メンバーの成長を思い、
千尋の谷に突き落とすようなこともしなければならないときがある。
恨みを買う。嫌われる。陰でボロクソに言われることもあるだろう。

そこでまた、揺れる。軸がぐらつく。だが、悩んで当たり前。
迷って当たり前なのだ。

あの京セラの創業者でJAL再建を牽引した稲盛和夫名誉会長(現)でさえ、
メンバーを叱責したあとは繰り返し自問したと言う。
普段、世のため人のためを説き、仏のような話をしている自分が、
真っ赤な顔でメンバーを叱りつけている。
自分は仏からほど遠い鬼になってはいまいか。
本当にこれが正しいことなのか、と。

その稲盛名誉会長がさまざまな場面で語られている言葉がある。

『小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり』

小善とは目先のいいこと。メンバーにとって優しく、
何があっても叱らずにニコニコとしているリーダーは小善、
つまりちっぽけな善だ。それは結果として大きな悪になる。

大善は真にいいこと。メンバーのためになること。
メンバーを思って行動するリーダーが大善だ。
それはえてして非情に見える。そんな解釈のできる仏教の教えである。

本当の意味での善行やメンバーの成長につながる決断は、
誤解されたり、拒絶されたり、非情に思われたりすることがある。
人から冷たい人間だと思われることもある。
だが、リーダーはそれでも決断しなければならない。
目先の優しさに逃げて小善となってはいけない。
人にどう思われようとも、大善を求めなければいけない。

◎繰り返し自問自答する

自分軸を確固たるものに積み上げ、成長する過程にはもうひとつ、
陥りやすい罠がある。それは、利他の心、世のため人のためを
「言い訳」に使ってしまうことだ。

人間は大義があれば行動する。だから大義をつくり出す。
結論ありきで大義をつけ足すことがあるのだ。

以前取引のあった、あるメーカーの話だ。
その会社の名前を仮にA社としよう。
A社は自動車関連部品を製造販売するベンチャー企業として
著しい成長を遂げていた。
そのA社が、期末になると毎年、高額のリベートを支払うことで
在庫商品を過剰に卸問屋に買い取ってもらうことを繰り返していたのだ。
そして、期が変わると、それを再び買い戻す。
何のことはない、見かけ上の売り上げを膨らませていたのである。

私はその会社の社長が次のように語るのを実際に耳にした。
「これは正しいことなのだ。我が社にとって必要なことなのだ。
一時的にでも問屋に大量の商品が入ることで、
彼らはがんばって在庫を売ろうとする。
だから我が社の商品の売り上げが伸びる。
我々が作った優良な商品がより多くのユーザーに届く。
多くの人に喜んでもらえる。悪いことやごまかしではない。
意味のあることなのだ」

社長の目には一点の曇りもなかった。その声に後ろめたさも感じられない。
おそらく自分でも信じ込んでいるのだろう、この詭弁を。
自分のついた嘘に自分自身が取り込まれてしまっているのだ。

世のためと言いながら、利他と言いながら、
私たちはぬけぬけと嘘をついてしまうことがある。
都合のいい大義を作り上げ、言い訳してしまうことがある。
だからリーダーは、自分でチェックするしかない。
稲盛名誉会長のように自問自答を繰り返すしかないのだ。

リーダーは裸の王様になりやすい。だが、真実を語ってくれる子供は、
待っていても現れないのである。

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