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小倉広メルマガ vol.165 『うっかり者』



vol.165「うっかり者」

大急ぎで友人との待ち合わせ場所に向かっている。1時間遅刻だ。本当に申し訳
ない。うっかり、約束を手帳に書き忘れてしまったのだ。

そういえば、先日、後輩の披露宴の日程でもダブルブッキングをしてしまった。
今回はきちんと「〇〇さん」と手帳に書いたはずなのだが、先約で「〇△さん」
という一文字違いの仕事を記入していたため「よし、既に手帳に書いてある。
時間確保はばっちり」と思い込んでいたのだ。

後から見直してみると「〇〇さん」ではなく「〇△さん」と書いてある。あっ!
と思ったが時既に遅し。私の日程に合わせて披露宴を設定してくれた後輩に大変
申しわけないことをしてしまったのだ。

それもこれも、私が「うっかり者」であるからだ。この「うっかり」。子どもの
頃から変わらない。いくら意識しても無意識にそうなるのだから仕方ない。持って
生まれた性格だからしょうがないのだ。

と思いかけて、考えた。そんなわけはない。アドラー派のカウンセラーである私
がそんな言い訳を許すわけにはいかないと考え直した。

アドラー心理学では性格(アドラー心理学ではライフスタイルと呼ぶ)は生まれ
つきや生育環境の影響を否定しないものの、その影響は限定的である、と考える。
それらの影響の元、性格は自分自身が自分の手で作り上げた自分の作品だ。だか
らいつでも変えようと思えば変えられる。自分で作ったものだから自分で変える
ことができる、と考えるのだ。

さらに、アドラー心理学では無意識の存在を否定する。意識と無意識が葛藤する、
ということはない、とアドラーは言う。やめたいけれどやめれない。これは単に
やめたくない、というだけのことである。意識と無意識の分離はなく全体で一つ
である。アドラー心理学ではこれを全体論と呼んでいる。

また「うっかり」にも、隠された目的がある、とアドラー心理学では考える。あ
らゆる言動には相手が存在し、その相手にどのように思われたいか、という本人
も無自覚な「目的」がある、と言う。アドラーはこれを「対人関係論」および
「目的論」と呼んだ。

おそらく私は「うっかり者」である自分が好きなのだ。そして、そのように
「うっかり」したところがある人間臭い自分に見られたい、と無自覚に思ってい
るのだろう。さらには、「うっかり」することで「楽をしたい」と思っているの
かもしれない。「あの人は、そそっかしいから・・・・・・」そう思われることで得を
することも多いだろう。プレッシャーも減るに違いない。そんな風に見られたい。
楽をしたい。そんな気持ちが透けて見える。

そう考えてみると、ずる賢い自分の嫌な面が良く見えてくる。確かにその通りだ。
よく考えてみれば、今回の「うっかり」。どちらも友人がらみのできごとだ。
これが仕事だったらどうだろう。おそらくもっと二重、三重にチェックしている
のではないか。そうすれば、「うっかり」は起きなかったかもしれない。

私は友人関係よりも仕事を重視しているのだ。そして、なぜ仕事を重視している
のかと分析してみると、仕事上でミスをすると致命的な打撃を受けるからだ。
そして、友人関係ならば許してもらえる、と思っている。そこに甘えている、と
いうことがわかった。

こうして考えてみると自分は相当にひどい行為をしている、ということがわかる。
「無意識」や「生まれつき」や「性格」のせいにして。さらには「仕事だから」
と言い訳をして。その実、本当のところは「自分が楽をして」「得をして」
「面倒なことを避けたい」だけ。後々自分に被害を被る仕事には慎重になるが、
どこかで許されるかも知れない友人に対してはいい加減な対応をしているだけな
のだ、と気がついた。

これが、自分は「うっかり者」だと言い訳をしている自分の正体である。さあ、
そんなダメな自分を変えてやるぞ。では、どうすればいいのだろうか。

アドラー心理学では「今すぐに性格は変えられる」と言う。しかし、今すぐに別
人に生まれ変われるわけではない。今すぐに変わり「始め」られる、というのが
正確な表現だろう。そう、私は自分の友人へ対するひどい対応を反省し、少しず
つ自分を変え始めることならばできるだろう。

その際に、おそらくはまた何度も何十回も同じ失敗を繰り返すだろう。慣性とい
うものはそれほどに強い。しかし、それを言い訳にしないようにしたいと思う。
そして、辛抱強くそれを意識して、メモの取り方を改めるなど具体的な方法を変え
たりしながら、うまくいけば10年ほどで自然にできるようになるだろう。しかし、
怠ければ20年経ってもわずかしか変わらないだろう。

そんな時は、自分を勇気づけるのだ。できていないところばかりを見るのではな
く、わずかでもできているところを見る。過去の失敗ではなく成功体験を見る。
そのことにより、自分を勇気づけて「きっとできる」と励まし続けるのだ。その
方が、自分を責め続けるよりもうまくいく。アドラー心理学ではそう考える。

こうして自分の失敗を文書に変えてわかった気にならないようにしよう。自分の
失敗をさらすことで贖罪をしたつもりにならないように気をつけよう。そんなこ
とを思いながら、ペンを置き、待ち合わせ場所へ駆けつけようと思う。

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