作家、講演家、心理カウンセラー

小倉広オフィシャルWebサイト

小倉広事務所 HOME

2月25日配信 一偶を照らす vol.21『 丼をキレイに洗うべきなのか?』



vol.21 「 丼をキレイに洗うべきなのか? 」

本メルマガは、2011年2月8日に配信したバックナンバーをアンコール
傑作選として再度お送りするものです。

タクシーが駅に着いた。

座席の上に忘れ物はないか?うっかり屋の僕はしっかりと確認をしてからタク
シーを降りる。
「ありがとうございました!」

運転手さんが気持ちよく挨拶をしてくれる。僕も返す。
「どうもありがとうございました」

すると、同乗していた友人がウーンと唸りながらこう言った。
「小倉さん、いつもそうするんですか?」

「えっ?何が?」

「いつも、そうやって運転手さんにお礼を言うんですか?」

「あ、あぁ。まぁね。それがどうかした?」

「いや、珍しいな、と思って。あまりそういう人見たことないから」

その言葉を聞いて腑に落ちた。そういうことだったのか。

先週、新年2号目のコラムで、世界一のギター会社、フジゲン社員の素晴らし
い行いについて書いた。(注:2011年1月時点)

「世界一の会社ならばどうするか?いつもそれを考えて行動して下さい」

赤字だらけの田舎の町工場でしかなかった当時のフジゲン。しかし、横内会長
は本気で社員に訴えていた。

「私たちは世界一になるのです。だから、世界一の会社の社員として電話に出
 て、世界一の会社の社員として受付でお客様に対応して下さい」

社員たちは会長の気持ちに応え、世界一ならばどうするか?と常に考え続けた。
その結果、ある小さな行いが近所の定食屋のオヤジさんを感動させた。

それがキレイに洗われて真っ白な布がかけられた出前の丼として、形に表れた。
いつも汚い丼を回収する度に悲しい気持ちになっていた定食屋のオヤジさん。
真っ白な布がかけられたキレイな丼を見た時に背筋が伸びた。そしてなんとも
言えず清々しい気持ちになった。

さすが、横内会長の会社は違う。さすが、フジゲンは違う。それ以来、定食屋
のオヤジさんはフジゲンの門をくぐる度に背筋が伸び清々しい気持ちになるの
だという。そういう話だ。

すると、この話を読んだある読者の方からこんなコメントが寄せられたのだ。

「確かにいい話です。共感もします。でも、ちょっと納得できないところもあ
 る。出前で取った丼をキレイに洗うべきなのでしょうか?それでは、わざわ
 ざ出前を取る意味がないのでは?」

この方の質問が、先ほどのタクシーでの友人の質問と共通するように感じたの
だ。

確かにおっしゃる通りである。冷静に考えればよくわかる。店で食事をした人
が自分で丼を洗うことはしない。出前の料金、食事の料金の中には当然のごと
く丼を洗う料金も含まれているに違いない。

だから、合理的に考えるならば、まったくもって丼を洗う必要はどこにもない。

タクシー運転手さんに対するお礼も同様だ。お金を払っているのだから運転手
さんにお礼を言われることはあってもお客が礼を言う必要はない。

理屈で考えるならば、だ。

しかし、もっと大切なことがある。
それは理屈を超えた志(こころざし)に根ざした判断だ。

おまえはどのように生きていきたいのか。
おまえはどのようにこの世に足跡を残したいのか。
それが志に根ざした判断だ。そこに理屈や合理性はない。

「かく生きたい。かくありたい」

それだけが判断基準になるはずなのだ。

世界一を目指す人は合理性で判断しない。

世界一を目指す人は損得感情で動かない。

世界一を目指す人はギブ・アンド・テイクを計算しない。

ただ、それだけのことなのだ。

だからと言って、僕は本コラム読者の皆さんに「丼を洗いなさい」などと言う
つもりは毛頭ない。それは皆さん自身が決めることだ。

同様に「世界一を目指しなさい」「高い志を持ちなさい」というつもりもない。
そうしたい、と思えばそうすればいい。そうしたい、と思わないなら、しなけ
ればいい。

僕はただ、横内会長の話を聞いた時に涙がこぼれただけだ。そして、そのよう
な人になりたい。そのような会社を作りたいと思った。ただそれだけのことだ。

価値観に正誤はない。価値観に上下もない。

ただ、ありがたいことに僕にはこのような場所がある。何万人、何十万人とい
う方が目にするメールマガジンや単行本という場所がある。それが誰かの価値
観に何らかの影響を及ぼしていることだろう。

「このコラムから何かを感じてほしい」と僕は思っている。どのようなことで
もいい。反発でもいい。何かを考え始めるきっかけになるのでもいい。皆さん
に何らかの影響を与えられたなら、僕は嬉しく思う。

今日も、ある読者の方からの何気ない疑問があったからこそ、このような論を
展開することができた。わざわざ感想を寄せていただきありがたいと思う。反
論めいた投げかけはさぞや、やりにくかったことと思う。その気持ちを考える
ならば、質問を下さったことにただ感謝、である。

これからもこのような双方向のやりとりを通じて互いに学びを深めていきたい
と思う。皆さんからの感想を元気の源として、これからもコラムを書き続けて
行こうと思う。


【 編集後記 】

私自身がイチ読者としていつも楽しみにしているメルマガがあります。その
一つがソフトブレーンの宋さんのメルマガです。そして、宋さんのメルマガ
にはいつも、宋さんのお友だちが数回連載するおまけがついています。その
おまけがこれまた素晴らしい。そんなわけで私はいつもこのメルマガを楽し
みにしているのです。

前回は宋さんと同じく私が尊敬しているレオスキャピタルワークスの藤野英
人さんのコラムであり、これまた素晴らしい内容でした。その中にこのよう
なくだりがありました。

(以下引用)

先日、タクシーに乗ったときに、運転手さんに「降りるときにお礼を言う人は
どれくらいいますか?」と聞いてみたところ、「20~30人にひとり」という答
えでした。

しかも、「紳士やエリートっぽい人、お金を持っていそうな人、長距離を乗る
人ほど、感謝の気持ちを言ってくれる」のだそうです。

統計を取ったわけではないので、詳しいことや因果関係まではわかりませんが、
やはり感謝を伝える人というのは、お金や労働の価値をわかっている人、経済
とはどういうものかを実感している人なのではないでしょうか。私はそう考え
ています。お金持ちだからお礼を言うわけではなく、お礼を言う人だからこそ
お金持ちになったのではないか、と。

(引用終わり)

そういうことです。まったくもってその通りだと思いました。
また、次回もお楽しみに!

Top