作家、講演家、心理カウンセラー

小倉広オフィシャルWebサイト

小倉広事務所 HOME

2月18日配信 一偶を照らす vol.18『「来い!」をしなくなった豆柴ケンタ』



vol.18 「「来い!」をしなくなった豆柴ケンタ」

本メルマガは、2011年2月8日に配信したバックナンバーをアンコール
傑作選として再度お送りするものです。


「ケンタ!来い!こっちへ来い!」

僕が呼ぶ。しかし、豆柴ケンタは動かない。僕の顔を見てじれったそうに、モ
ゾモゾとして歩き出し、その場で立ち止まってしまうのだ。

「何をやっているんだよ、ケンタ!いいから来い!こっち!こっち!」

「クゥーン」。鼻を鳴らして苛立つケンタ。しかし、引き続きその場を動かな
い。じれったくなった僕は手招きだけでなく、ケンタの首根っこをつかもうと
手を伸ばした。すると……。

タッタッタッ!ケンタは僕の手の届かないテーブルの下に隠れてしまった。

なぜだろう?以前は、呼べばちゃんと手元に来てくれたのに……。

そう思って考えてみると、すぐに原因が見つかった。去年の年末に実家へ帰省
する時のこと。僕は嫌がるケンタを無理やりケージ(檻)に入れる時に、「来
い!」という言葉を使ってしまったのだ。

犬のしつけの原理は簡単だ。
コマンドと呼ばれる符丁を声に出しながら、餌やおやつといったごほうびを使
って行動を促す。そして、できたら誉めてやり、ごほうびを与える。それを繰
り返すのだ。

例えば、「来い!」を教えたければ、「来い!」というコマンドを使いながら、
餌でケンタを惹きつける。そして、ケンタが来たら、大げさに誉めて、ごほう
びを与えるのだ。

その際に注意しなければならないことがある。
1つは、コマンドを変えないことだ。例えば人間であれば「来い!」と「おい
で!」は同義であることを知っている。しかし、犬にとって「来い!」と「お
いで!」は別物だ。だから、2つを混ぜて使ってはならない。どちらか1つに統
一するのだ。

そして、もう一つがより重要だ。「来い!」というコマンドとセットにするの
はごほうびだけにしなければならない、ということだ。ごほうびの逆となるイ
ヤな思いを「来い!」とセットにしてはいけない。つまり、「来い!」と呼ん
で近くに来た時は、絶対に叱ってはならない。イヤな思いをさせてはならない、
ということだ。

例えば、「来い!」とコマンドをかけたところ、犬が近づいてきた。しかし、
近くで立ち止まり後戻りしてしまったとしよう。いいところまできた。しかし、
結果としては失敗してしまった、という状況だ。

その際、飼い主は叱ってはならない。飼い主の気持としては「来い!」ができ
なかった、つまり、結果に対して叱ったつもりかもしれない。しかし、犬は近
くまで歩いた、つまりはプロセスを否定された、と思ってしまう。だったら、
やらない方がまし。「来い!」というコマンドを嫌いになってしまうことだろ
う。

その場合は、叱らずに誉めてやる。そして、もう一度やり直し、近くまで来れ
るようにしつけを繰り返すのだ。できなかったからと言って叱ってはならない。
犬にイヤな思いをさせてはならない。

同様に、「来い!」ができた時に、犬の嫌がることをしてはいけない。例え、
それが飼い主にとって嬉しいことであっても犬が嫌がるのであればそれはごほ
うびではなく処罰となって犬に伝わる。

例えば、豆柴ケンタは抱っこされるのが嫌いだ。彼は自由に歩くことを好む。
だから、「来い!」ができた時に飼い主が喜んで抱き上げてしまったとすれば、
それはケンタにとって処罰となる。いくら飼い主が愛情を示したつもりでも、
ケンタはそれを嫌がる。そして結果として、「来い!」をしなくなる、という
わけだ。

僕はそれをやってしまった。「来い!」ができたケンタに対して、彼が嫌がる
行動をしてしまった。ケージに押し込めたのだ。

例え、それが飼い主にとって必要欠くべからざる行動だったとしても。それが
犬に対する愛情に起因する行動だったとしても。ケンタにそれが伝わらず、彼
が理解できない限りにおいて、それはケンタを処罰する行為に感じられてしま
う、というわけだ。

だから、ケンタは「来い!」をしなくなった。「来い!」というコマンドと共
にイヤな思い出、ケージに入れられる思い出、を結びつけた。「来い!」をす
れば、イヤなことが待っている、と覚えてしまったのだ。

犬と人間を比較すると、皆さんに叱られてしまいそうだが、僕は犬も人間もか
なり近いものがあると思う。飼い主と愛犬。その間に働くメカニズムは、上司
と部下の間にも同じように働く可能性が高い。そう思うのだ。

ここで気をつけなければならないのは、上司の側が、ごほうび=好子を与える
つもりで、無自覚に処罰=嫌子を与えてしまってはいまいか。独りよがりの勘
違いをしてはいまいか、ということだ。

先のケンタのエピソード。ケンタをケージに入れるのは、僕にとっては処罰で
も拷問でもない。ケンタと一緒に帰省をする。つまりは愛情に根ざしたケンタ
を思っての行動に他ならない。

しかし、それはケンタに伝わっていなかった。彼からすればそれは間違いなく
イヤなこと。処罰に感じられてしまったのだ。それと同じことが上司、部下の
間でも起きてはいまいか?

上司は何らかのコマンド、つまりは命令や仕事の依頼を行う。部下は一所懸命
にそれをこなそうとする。しかし、100点満点は取れない。せいぜい、いいとこ
ろが80点。いや、65点くらいの出来映えだったとしてみよう。

その時、上司はどうするだろうか?「来い!」に対して途中で止まってしまっ
たケンタに対するように、叱ってしまっただろうか?それとも努力を誉めただ
ろうか?

そこで叱ってしまえば、ケンタはコマンドを覚えない。そこで叱ってしまえば、
部下はやる気を高めない。それは共通なのではないか、と思うのだ。

コマンド=命令、依頼に対して部下が行動を起こす。そして、その行動に対し
て上司が反応する。その反応が部下の行動を強化したり弱化したりする。

ごほうび、すなわち好子が行動を強化する。イヤな思い、すなわち嫌子が行動
を弱化する。そして、上司の反応を「好子」と受け取るか、「嫌子」と受け取
るかは部下が決めるのだ。

上司が部下の足りない35点を叱ったとして、それを「好子」と受け取る部下も
いるかもしれない。「上司が叱ってくれてありがたい。上司は私に期待してく
れているのだ。頑張ろう」。そう思ってくれる視点の高い部下もいるかもしれ
ない。その場合、叱ることは好子として働き、部下の頑張りを強化するだろう。

しかし、そのような殊勝な部下は数少ない。ほとんどの場合、おそらくは9割
以上の部下はそれを「嫌子」と受け取るだろう。そしてそれにより頑張る、と
いう行動は弱化される。つまりは「頑張らない」という方向へ舵を切る部下が
多くなってしまうのだ。

ケンタを手元に呼び寄せようと悪戦苦闘しながら僕は思った。果たして僕は、
会社で部下に対して、どのようにアプローチをしているだろうか、と。さらに
思った。僕の部下の部下たちはどうだろうか?我が社の管理職、役員たちはそ
の部下に対してどのようなアプローチをしているだろうか、と。

そして、ケンタにこう言った。
「ゴメンな。オレが悪かったよ」と。「教えてくれて、ありがとう」。そう、
つぶやき話しかけた。

しかし、ケンタはキョトンとした顔のまま。僕の心などまったく理解していな
いような様子に見受けられた。

どうやら、ケンタにとって感謝の言葉は好子ではないようだ。「それが好子に
働くか?嫌子として働くか?」は僕ではなく、受け取る相手が決めるのだった。

あわてて僕は、ケンタにビスケットをあげることにした。どうしても自分の判
断で考えてしまうクセが抜けないようだ。よほど、気をつけなければならない。
僕はケンタと会話をしながら、そう思った。

【 編集後記 】

先週末の土曜日に、私が11年半お世話になったリクルート社の88年入社
同期会が行われました。5年に一度の周期で行われる大同期会。今回も、
1,100人いた同期のうち、数百名が参加して賑やかに行われたようです。

というのも、残念ながら私は今年も参加できなかったからです。毎週土
曜は東京、大阪、名古屋で開催される人間塾があるからです。私は京都
の地にて30名の塾生の皆さんと「生き方」について学んでいました。
https://i-magazine.jp/bm/p/aa/fw.php?i=ogurahiroshi&c=7&n=1187

1年前にスタートした人間塾もいよいよ2年目に突入。その間、無償で働
くボランティアスタッフにより運営されてきた人間塾。先週末の土曜日
は、スタッフからの発案でお世話になっている塾頭、副塾頭へ感謝の手
紙を渡すこととなりました。

発案をしてくれたスタッフのSちゃんは、サプライズの仕掛けを企み
「××さんの誕生会をやります!」と嘘の仕込みで塾頭・副塾頭をだます
ことに成功。みごと、彼らを驚かせることができました。

と思ったところで、さらなるサプライズが。驚かせてくれたSちゃんへ
対するサプライズ返しが待っていたのです。いつもみんなを喜ばせてく
れるSちゃんへのみんなからの感謝の言葉を集めたムービーが上映され
たのです。

お陰様で人間塾では、いつも感謝の言葉があふれています。東洋哲学の
偉人に学ぶ勉強会、人間塾。しかし、私がいちばん学んでいるのは塾生
の皆さんの思いやりと心配りです。同期会に出られなかったり、仕事を
お断りしてしまったりといろいろありますが、それでも私が人間塾を続
けていきたい、と思える原動力はこんな風景にあるのかもしれません。

では、次回もお楽しみに!

Top