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2月15日配信 一偶を照らす vol.17『ごめん。きつく言い過ぎた』



vol.17 「ごめん。きつく言い過ぎた」

本メルマガは、2011年2月9日に配信したバックナンバーをアンコール
傑作選として再度お送りするものです。


「そういうのを手抜きっていうんだ。時間がなかった、などと言い訳するな。
 単なる手抜きだ」

僕がそう断言すると、岡崎部長(仮名)はようやく観念したかのようにそれを認めた。

「はい。すみません……」

ことの経緯は、省略しよう。

僕には、岡崎部長の言い分が言い訳にしか聞こえなかったのだ。そして、言い
訳をしてほしくなかった。手抜きをした、なら、したでいい。潔く認めて欲し
かった。

つじつまの合わない言い訳をして、罪を逃れようとする。そんなリーダーにな
ってほしくなかった。失敗は何度してもいい。それにちゃんと向き合って成長
さえすればいい。ただ、目をそらしてほしくなかったのだ。

しかし、一方で「きつく言い過ぎたかもしれない……」という思いもあった。

ついつい、思いが先走る。口にした後になってから「しまった……」と思うこ
とが多いのだ。

そんな時、僕は松下幸之助氏の人間臭いエピソードをよく思い出す。

部下をきつく叱りつける松下幸之助氏。そこまで言うか、というくらい真剣に
こっぴどく叱る。しかし、その経営の神様が夜になってその部下に電話をかけ
たというのだ。そして、照れながら部下をフォローした。

あの経営の神様にも、かつては、そのような迷いがあったのか。僕はこのエピ
ソードを聞いた時に、救われたような気持ちになったことを思い出す。

そして、時々は「言い過ぎたな……」と思った時に、後から一声かけるように
した。相手にとっても、自分にとっても、その方が楽だ。一晩中、悶々とそれ
を気にするのは良くないことだ。これまではそう考えていた。


しかし、最近の僕の思いは違う。自分の言葉に責任をもたなければならない、
と思うようになってきたのだ。

そして、謝る、という行為をしてはならない、と思うようになってきた。
謝る、という行為は、ある意味で「相手に許しを請う」行為である。

それは、自分がスッキリと楽になりたいがための、自分がカタルシスを得たい
がために、相手を利用する行為である、とも言えるだろう。

キリスト教の教会で懺悔をする。神に向かって自分の非を語り、謝り、許しを
請う。それにより、カタルシスを得、救われる。

上司が部下をフォローし、謝る行為、は僕にそれを連想させた。

それは悪いことではないのかもしれない。しかし、経営者、リーダーはそれで
いいのだろうか。僕は、謝ること、は、むしろ相手に対して失礼ではないか、
とさえ思うようになってきた。

謝るぐらいならば、最初からしなければいい。もっと考えた上で判断すればい
い。リーダーは、一度発してしまった言葉に責任を持たなければならない。そ
う思うようになってきたのだ。


そんなことを考えている時に、日経トップリーダーのリレーコラム「社長の考
え」で、モバゲータウンで有名なディー・エヌ・エー社長南場智子さんのコラ
ムを読んだ。

そこには、こう書いてあった。

「私は……(中略)……などについて部下に尋ねる。厳しい言い方もするが、
 『叱る』気持ちはなく、専門領域をしっかりやってほしいという要請だ」

「『言い過ぎた』と思うときもある。が、あえてフォローしない。温かい言葉
 をかけた方が私も楽だが、経営者が一度口にした言葉は『言い方を変えれば
 いい』レベルではないと考えているからだ」

この言葉を目にした時に、僕のもやもやとした気持ちを的確に表現されている
な、と思ったのだ。

きつく言い過ぎてしまった時に、フォローすべきか、すべきでないのか。
正解などはない。それぞれのリーダーが充分に考えた上で、自分で決め、自分
で責任を取っていけばそれでいい。

ただ、僕の考えは確実に変わってきた。今の僕はフォローしない。優しい言葉
をかけない。その代わり、自分に何度も問い直す。そして、自分の言葉に責任
を持とう、と思う。もしも、間違った、と思うなら、次からは存分に気をつけ
る。そして、次からは、責任の持てる言葉だけを発するようにする。そう思っ
ている。

繰り返すが、正解はない。僕のやり方をマネしなさい、というつもりもない。
自分の考え方の変遷をお伝えしただけだ。なぜか、今日はそんな話を皆さんに
お伝えしたいと思った。
【 編集後記 】

毎度、毎度のことではありますがスケジュールがにっちもさっちも行かなく
なっております。講演、研修、コンサルティングに加え、単行本執筆、新聞
の連載など。。。どうやっても間に合わない状況の中、遅延について謝りな
がらギリギリで進行する。これは、相手に失礼だし、自分のストレスにもな
る。やめた方がいいのはわかっているけれどやめられない。さて、どうした
ものか?

そう考えたとき、アドラー心理学の全体論「意識と無意識、理性と感情は対
立する別個のものではなくひとつである」という言葉を思い出しました。そ
して「人は感情に突き動かされて行動するのではなく、意図を持って行動し
その言い訳に感情を用いるのである」「頭ではわかっているけれどできない
」のではなく、それは単に「やりたくない」のである。という一文を思い出
しました。

わかっているけれどやめられない。は言い訳だ。ではなく「やめたくない」
のです。私はたくさん仕事をするのがきっと好きなのです。しかし、
本当にそろそろ時間の使い方を決めなくてはなりません。近々、このことに
ついてじっくり考え、決断し、実践しなくてはなりません。そんなことを考
えながら、今日もまた日経ビジネス課長塾さんにて終日「任せる技術」の研
修をしてきます。うーん。締め切りを過ぎているあれやこれやをどうしよう……。

ここでお知らせを一つ。日経ビジネス別冊 課長塾ムック「部下育成の流儀」
にて「任せる技術」についてのロングインタビューが掲載されています。
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ぜひ書店で手に取ってみて下さい。
来週もお楽しみに!

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