作家、講演家、心理カウンセラー

小倉広オフィシャルWebサイト

小倉広事務所 HOME

2月4日配信 一偶を照らす vol.13『おこだでませんように(怒られませんように)』



【 アンコール傑作選 】

本メルマガは、2011年2月3日に配信したバックナンバーをアンコール
傑作選として再度お送りするものです。
おこだてませんように
「小倉さん、絵本を書いたらいいのに」

ある編集者さんからそう言われた。うん。書きたい。即答してツイッターでつ
ぶやいた。すると間髪入れずにある方が素晴らしい絵本を紹介してくれた。


「おこだでませんように」 くすのきしげのり・作 石井聖岳・絵(小学館)
http://www.amazon.co.jp/おこだでませんように-くすのき-しげのり/dp/4097263293

僕は知らなかったが、この本は絵本として異例のベストセラーになったそうだ。
読んでみてその理由がわかった。大人の僕がたくさんのことに気づかされたからだ。

今日はこの本からの気づきを皆さんとシェアしてみたい。絵本のため文字数が
とても少ない。だから、あまり引用しすぎてはいけないが、雰囲気が伝わらな
くても意味がない。そこで、僕なりのバランス感覚で適宜引用してみたい。感
じるところがあった方はぜひ本書をお買い求めいただきたい、と思う。石井聖
岳さんの素晴らしい絵とセットでお楽しみいただきたいからだ。

この本はこんな書き出しから始まる。

「ぼくは いつも おこられる。いえでも がっこうでも おこられる」。

(中略)

「いもうとが ないた ひは、かならず おかあちゃんに おこられる」。

「『また いもうと なかして!』」
「(いもうとのくせに わがままばっかり いうからや)」

「『まだ しゅくだい してないの!』」
「(いもうとと あそんでやってたからや)」

「けれど、ぼくが そういうと、おかあちゃんは もっと おこるに きまっ
 てる」。
「だから、ぼくは だまって よこをむく」。

(中略)

「きょうは、やすみじかんに マーくんと ターくんが さっかーの なかま
 に いれてくれへんかった」。

(中略)

「ぼくは くやしかったので、『あーあー、 そうですか。こっちこそ たの
 まれても いっしょに あそんでやらへんからな』と いうてやった」。

「いいながら、ぼくは マーくんに キックを して、 ターくんに パンチ
 を した」。
「すぐに ふたりは なきだした」。

どうやら主人公は、相当の暴れん坊のようだ。なにごとにも一所懸命だけれど
も、それが空回りしていく。うまく周囲と調和しないのだ。そして、いつも大
人に怒られてしまう。

そんな主人公にある日、転機が訪れる。7月7日の七夕の日。生徒たちは、覚え
たばかりのひらがなで、皆それぞれに願い事を書いた。

「マーくんと ターくんは、『サッカーせんしゅに なれますように』」
「ともちゃんは、『ピアノが じょうずに なりますように』とかいた」。

「ぼくは、かんがえた。いちばんのおねがいを かんがえた」。
「いっしょうけんめい かんがえていると、『はよう かきなさい』と、また
 おこられた」。

「ぼくは、しょうがっこうに にゅうがくしてから おしえてもらった ひら
 がなで、いちばんの おねがいを かいた。ひらがな ひとつずつ、こころ
 を こめて かいた」。





「おこだでませんように」。





(中略)

「せんせいは、じっと たんざくを みた」。

「せんせいは、ずっと ぼくの おねがいを みていた」。

「せんせいが、ないていた」。

「『せんせい……、おこってばかりやったんやね。……ごめんね。よう かけ
 たねぇ。ほんまに ええ おねがいやねぇ」。

「せんせいが ほめてくれた!!」
「ぼくは おどろいた。 さっそく おねがいが かなったからや」。

「そのひの よる、せんせいから でんわが あった」。

「でんわが おわると おかあちゃんが、いつも いもうとに するみたいに
 ぼくを だっこしてくれた」。

「『ごめんね、おかあちゃんも おこってばっかりやったね』。そう いいな
 がら、おかあちゃんは、ぎゅうっと だきしめてくれた」。

(後略)

僕には、呆然と短冊に見入ってしまった先生の気持ちがよくわかる。電話を受
けて泣き出してしまっただろうお母さんの気持ちがよくわかる。

二人が「叱ってばかりいてごめんね」と反省した時の気持ちだけではない。二
人が、ついつい主人公を叱ってしまった気持ちも含めて、よくわかるのだ。

なぜならば、主人公は間違った考え方をしているからだ。そして間違った行動
をとっている。

「おこられるのは おかあさんの せい」
「しゅくだいが できなかったのは いもうとの せい」
「キックとパンチをしたのは、マーくんと ターくん がわるいから」

すべては相手が悪い。自分は悪くない。そう他責で考えているからだ。そして
暴力を振るったり規則に違反をしたりする。

このままでは、この子は幸せになれない。だから、それを正してあげなくては
ならない。そんなある種の愛情から叱ったのだと思う。

愛の反対は無関心である。叱るのは愛の一形態である。

しかし、だ。本当にそうなのだろうか、と僕は最近よく思う。
叱る時、僕たちは本当に100%相手のことだけを思っているのだろうか。

自分を振り返ってみた時に、そうではないことに気がついた。僕は相手を叱る
時に、心の何割かを「自分の感情を爆発させるために」叱っているような気が
してならない。叱るのではなく怒っている。そんな時がよくあるのだ。

もう一つ、別な観点からも考えてみたい。叱ることは、効果的だろうか?とい
う問いだ。叱ることで相手が本当に成長するのだろうか?

もしかしたら、もっと有効な方法があるかもしれない。それは誉めることであ
り、認めることであり、待つことであり、見守ることかもしれない。

必ずしも100%そうではないと思うが、いくら相手が間違っていたとしても、
「叱る」だけが唯一の愛情ではない、と思う。間違っていても、認めることは
できる。

「そうか。おまえはそんな気持ちだったのか。辛かったな。だから間違ったん
 だな。気持ち、わかるよ」

そう言って相手の「行動」ではなく「気持ち」を認めることはできるはずだ。
しかし、僕たちは「行動」だけを叱ってしまう。そして、「叱る」という行為
に懐疑心を持たない。

本書のむすびに、主人公のこんな言葉が記されている。

「たなばたさま ありがとう。 ほんまに ありがとう」
「きょう、ぼくは ものすごく しあわせです」。

「おれいに ぼく もっと もっと ええこに なります」。

(終わり)

これまで主人公は叱られ続けてきた。しかし、彼はいっこうに変わらなかった。
叱られても、叱られても、何ひとつ効果はなかったのだ。

ところが、彼が初めてほめられた。そして有頂天になった。その彼が最後にこ
うつぶやいているのである。

「ぼく もっと もっと ええこに なります」。

この大いなる変化。しかし、気をつけてほしい。実は彼自身の言動は叱られて
いた頃と何ひとつ変わっていないのである。

変わったのは「せんせい」であり「おかあちゃん」の方だ。
大人の対応がほんの少し変わっただけで、主人公は大いなる成長を遂げたので
ある。

ここに大いなる示唆がある。
リーダーという・立場の僕たちは、この絵本から何かを学べるのではないか。そ
んなことを思った。

株式会社小倉広事務所 代表取締役 小倉広


【 編集後記 】

2年前に配信した本コラム。大きな反響がありました。読者の皆さんも私と
同じように「おかあちゃん」や「せんせい」と同じことをしている、とい
う自覚があったようです。

問題を指摘するのは誰にでもできます。それはとても簡単なことです。しか
し、私の経験上、問題点を指摘することで問題が解決したことはほとんどあ
りません。いや、むしろ問題がさらに悪化したことの方が多いといえるで
しょう。なぜならば、問題指摘された当人は自己正当化して自分を守るから
です。そんな人が忠告を受け容れるわけがない。問題指摘は問題を一向に解
決しないのです。

しかし、唯一、問題指摘が問題解決に役立つことがあります。それは、問題
指摘する側(上司など)が、指摘される側(部下など)から深く厚い信頼を
得ているときです。そのときだけは、指摘される側がそれを受け容れます。

1970年代に社会心理学者のEPホランダーが提唱した信頼蓄積理論をベースと
したリーダーシップについて、東京、大阪、名古屋で講演を致します。
本講演は、私が年間50~100回、全国から招待されてお話する講演のトップ1
もしくはトップ2の人気テーマです。今回、小倉広「次世代リーダー塾」の
第二回目に「信頼蓄積理論に基づくリーダーシップ概論」をお話致します。
https://i-magazine.jp/bm/p/aa/fw.php?i=ogurahiroshi&c=14&n=7
現役リーダーも、次期リーダーも。ぜひ聞きにいらして下さい。

では、次回もお楽しみに!

Top