作家、講演家、心理カウンセラー

小倉広オフィシャルWebサイト

小倉広事務所 HOME

小倉広メルマガ vol.151 『性格は死ぬ1~2日前まで変えられる』


vol.151「性格は死ぬ1~2日前まで変えられる」

自ら変わりないと思い努力すれば、

ライフスタイルを変えることは十分に可能だ。

性格は死ぬ1~2日前まで変えられる。

「何歳ぐらいになったら、性格を変えるには手遅れですか」と、アドラーに尋
ねたところ、アドラーは言いました。

「死ぬ1~2日前かな」

この言葉に勇気づけられる人は多いと思います。

自分自身の意思で「変わりたい」と思えば、変えることは可能です。自分自身
の意思で「変わりたい」と思えば、変えることは可能です。なぜならば、現在
のライフスタイルは自分自身が作りだしたものだからです。

ライフスタイルを変える際には、まず現在のライフスタイルが何であるかをき
ちんと把握することから始めなくてはなりません。それは「明るい」「暗い」
などの表層的な性格表現ではありません。

それらの根本にある中核的信念と呼ばれる「自己概念」「世界像」「自己理想」
を言葉にする必要があるでしょう。

それらを明らかにするために、アドラー心理学では、家族布置(構成)分析や、
早期回想と呼ばれる幼少期の想い出分析などを用います。そして、そのライフ
スタイルをカウンセラーの力を借りながら、自ら書き換えていくのです。

しかし、ライフスタイルは一度紙の上で書き換えたからといってすぐに変わる
ようなものではありません。よほど注意していないと、すぐに使い古した昔の
パターンに戻ってしまうでしょう。その行きつ戻りつを何百回、何千回と繰り
返すのです。

やがて、少しずつ自分が変わっていくのがわかるでしょう。そして生きてきた
人生の半分ほどの時間をかけて完全に書き換えを終えるのです。

小倉広メルマガ vol.150 『ライフスタイルを変えるとは』


vol.150「ライフスタイルを変えるとは」

ライフスタイル(=性格)とは、

人生の設計図であり、

人生という舞台の脚本である。

ライフスタイルが変われば、

人生はガラリと変わるだろう。



友人・知人の集まりの中で、会話の中心となる人もいれば、一言も話さない引
っ込み思案の人もいます。

アドラーはこうした行動の違いはライフスタイル(=性格)の違いによるもの
である、と言いました。

『世の中の人は自分を受け容れてくれる』
『自分は好かれている』というライフスタイルを持っている人は、自ら会話の
中心になるでしょう。それとは逆に、『世の中の人は自分を拒絶するに違いな
い』『自分は人から好かれるはずがない』というライフスタイルを持っている
人は、一言も話さないことでしょう。

ライフスタイルとは、生き方のクセであり、どのように行動すればうまくいく
か、という信念であり、一般的には性格、人格と呼ばれているものです。

しかし、性格というと一般的に変えられないものというイメージが強いため、
アドラーはあえてライフスタイルという言葉を使いました。そして、それは
「原因論」的に生まれつき決まっているものではなく、自分の意思で決めたも
のであるため、いつでも変えることは可能だ、と考えました。

友人の中で一言も話さない性格の人は「おとなしい性格」なのではなく、「人
を信用していない性格」「自分は好かれるはずがないと思っている性格」なの
です。

このように「おとなしい」という表層のさらに奥にある、核となる信念を見つ
け、それを変えることで行動や感情は大きく変わっていく。それがライフスタ
イルを変える、ということなのです。

小倉広メルマガ vol.144 『幸福な人生を歩む人のライフスタイル』


vol.144「幸福な人生を歩む人のライフスタイル」

『幸福な人生を歩む人のライフスタイル(=性格)は、必ず「コモンセンス」と一
致している。
歪んだ私的論理に基づく性格では、幸せになることはできないだろう。』

ライフスタイル(=性格)は千差万別、十人十色です。とはいえ、幸福な人生
を歩む人に共通する特徴と、逆に不幸な人生を歩む人に共通する特徴は存在し
ます。それは、コモンセンス(共通感覚)と合っているかどうか、です。

コモンセンスとはコモン(共通)なセンス(感覚)という意味です。つまり、
「個人にとっても組織や家庭などにとっても、共に受け容れられるような意味
づけ」をコモンセンスと呼んでいるのです。このコモンセンスは辞書を引くと
常識と訳されています。しかし、アドラーは、「コモンセンスが必ずしも常識
と同じであることはない」と言っています。

例えば、子どもは学校に通うべき、というのが世の中の常識ですが、もしも学
校でひどいいじめにあっていたとしたら、無理をして行くべきではないでしょ
う。この場合は、あえて学校に行かないことがコモンセンスである、とアドラー
は言っているのです。

そして、アドラーはこれと対比する形で私的論理という言葉を提唱しています。
これはコモンセンスの逆であり、「個人にとってだけしか受け容れられない、
共同体では受け容れがたい意味づけ」を指しています。

歪んだ私的論理だけで生きていては必ず人生が行き詰まります。今からでも遅
くありません。ライフスタイルをコモンセンスに添った形に改めていくことが
必要でしょう。

それが幸福に生きるための方法なのです。

小倉広メルマガ vol.140 『アドラー心理学の早期回想分析でわかった小倉広の心の中』


vol.140「アドラー心理学の早期回想分析でわかった小倉広の心の中」

「私が小学校1年生の時の話です。黄色い菜の花畑が見えます。私は伯母と
 二人で早朝6時に犬の散歩をしていました。母と父が二人で京都旅行をする、
 ということで妹と共に一週間伯母の家に預けられていたのです。実はその
 旅行は、二人が離婚する前の最後の旅行だったのです。もっとも、その時の
 私と妹には知らされていませんでしたが・・・・・・」。

私はアドラー心理学を学ぶ神楽坂のヒューマン・ギルド社にて、カウンセラー
養成講座を受講していた。そのプログラムの一環で心理分析の技法を学んでい
た。早期回想分析。幼少期の思い出をクライアントに語ってもらうことにより、
その人のライフスタイル(性格)を分析するのだ。私は幼少期に強く覚えてい
る場面を2つ語った。

1つ目が今の場面だ。伯母に預けられた一週間の最終日。いつもと違って緊張
した面持ちの伯母が言った。「ヒロシ、明日の朝は伯母ちゃんと一緒に犬の散
歩をしよう。少し早起きするんだよ」私は何かある、とピンと来た。

畑の中の田舎道。一面に黄色い菜の花がびっしりと見える。伯母が言った。
「お母さんとお父さん、離婚することになった。別々に暮らすんだよ。ヒロシ、
おまえはどっちに行きたい?お父さんもお母さんも二人ともヒロシと一緒にい
たいって言っている」

私は既に泣きべそをかいていた。伯母は辛そうな表情で続けた。
「お父さんと一緒ならお金の心配はないよ。将来、好きな学校にも行ける。
 でも、お母さんも一緒にいたいって。ヒロシ、ヒロシが決めるんだよ」

私は迷わず言った。お母さんと暮らす。そしてまた泣いた。
「離婚した後、また結婚すればいいのに。もう一回結婚できないの?」
伯母は優しく言った。それはできないんだよ。

私は、その時、母を守ろう、と決意していた。最近ずっと泣いてばかりいた
母。弱い母を守るのは僕しかいない。選択肢なんかない。僕が守らなくて誰
が守るんだ。僕は「どちらにする?」と尋ねる伯母が不思議でならなかった。
そんな、ある春の日の早朝の思い出が一つ目だ。

二つ目は、母が義理の姉をいじめている時の思い出だ。
「飲みなさい!もっと飲みなさい!あんた水が飲みたい、って言っただろ!
 もう1杯飲みなさい!」鬼の形相で母が迫る。

「ごめんなさい。もう飲めません。ごめんなさい」泣きながら謝る義理の姉。
私はおそらく幼稚園の年長さん。父の連れ子である義理の姉は小学校3~4
年生だろうか。我が家では食事の時に水を飲むのは行儀が悪い、とされていた。
しかし、子どもでわがままな私はいつも水を飲んでいた。しょうがないわね、
母は小言を言いながらも私には水を飲ませてくれた。だが、同じことを義理
の姉が言った、その時だ。

「あんた、水飲みたいの?じゃあ飲みなさい。ほら、飲みなさい。もう一杯!」
母親が義理の姉に何杯も水を飲ませた。義理の姉は泣いていた。母は尋常では
ない顔をしていた。その姿がよみがえる。

食卓に父の姿はなかった。建築設計士業界の理事長を務め、会社を経営してい
た父は忙しく、いつも家にいなかった。母は義理の姉にだけ冷たかった。今な
らばわかる。母だって辛かった。そして義理の姉はもっと辛かった。

泣きじゃくりながら部屋に戻る姉。私と二人で同じ部屋だ。暑い夏だった。
エアコンなどない時代だ。扇風機がまわっていた。姉はまだ泣きじゃくって
いる。そのままゆっくりと二段ベッドの上の段で横になった。

私はどうしていいかわからなかった。そして、黙って扇風機の角度を変えて、
風が姉に当たるようにした。それくらいしかできなかった。これが2つ目の
思い出だ。

この2つから、私の性格(ライフスタイル)が分析できる。それがアドラー心
理学のライフスタイル分析だ。もちろん、厳密に言えば他の分析も併用する。
家族の関係図を書き、父、母、兄弟姉妹の性格や能力、学歴や職歴を分析する。
さらに家族間の仲の良さ、同盟関係、競合関係などを明らかにする。家族布置
分析だ。

さらに、家族の雰囲気、家族で共有されていた価値感なども言葉にする。それ
らを下敷きとして、先の早期回想分析に着手する。すると、かなりのことがわ
かる。その人の「現在」の性格(ライフスタイル)がわかるのだ。

それらのことを私の師匠である、ヒューマン・ギルド社の岩井俊憲先生が教え
てくれた。「アドラーは早期回想を最も重視しました」と。

私は、岩井先生が指導するカウンセラー養成講座の受講生の一人であった。
そして、岩井先生のご提案により、実験台となった。受講生を代表してクライ
アント役としてまな板の上の鯉になるのだ。私は皆の前で上記の早期回想を
語った。そして、岩井先生の指導に基づき、私の早期回想から他の受講生さん
が私のライフスタイルを推測した。それは以下のようなものであった。

●モサックとシャルマンによるタイプ類型では以下に近い。
ドライバー:私は有能である。努力しなければならない。社会適応する。過適応。
俺がやらなきゃ誰がやる。勝ち負けにこだわる。支配的。称賛を求める。
ヴィクティム:自分から苦難を呼び寄せ、不幸を他者のせいにする。他者は私
に同情すべき。私は無実の犠牲者だ。人生は苦難に満ちている。

●自己概念(私はどのようであるか)
・受動的ではなく能動的である。自分の力で運命を切り開くことができる
・私は早熟であり、場が読めている特別な人間である
・私は人を助ける人である。私は誰かの役に立つことができる人間である

●世界像(自分をとりまく社会、世の中、人々はどうであるか?」
・世の中には、乗り越えるべき苦労や課題が多い
・人の感情は複雑で誰もが理不尽な一面を持っている
・人々は助けを求めている。私にも助けを求めている

●自己理想(私はどうあるべきか)
・私がやらなきゃ誰がやる。私がやるのだ
・私には責任がある。責任を背負いたい
・私は善人でありたい。良き人であらねばならない
・私は人々を救いたい。苦しむ人を助けたい

さて、どうであろうか。現在の私を表しているであろうか。私の現在の行動、
価値判断の基準、性格などが現れているだろうか。

私はこの分析により、自分自身の謎が解けた。なぜ、いつも責任を感じてしまう
のか。いつも過度に自分ごととしてプレッシャーを感じてしまうのか。なぜ、
対人関係で支配的に過干渉になりがちなのか。それがわかったのだ。

私が体験した早期回想分析と家族布置分析。それによるライフスタイル(性格)
分析を自分の力で解き明かすワークショップを開催する。

少人数限定。私が皆さんに、早期回想分析と家族布置分析の方法を
お伝えし、自分たちで自己分析、他者分析をしていただく。さらに、私は
付きっきりで皆さんのそばで過ごし、一人ひとりの早期回想に助言をしていく。
そんな少人数のワークショップを開催する。

そして、必要があれば、性格を変えていくことにチャレンジする。現状を知り、
変えたいのであれば、ワークショップを通じて皆さんの性格を変えていくこと
にチャレンジをする。

自分の性格を分析してみたい人。自分を知りたい人。自分の性格を変えたい人。
将来、心理カウンセラーを目指したい人。ぜひ、こちらのワークショップにご
参加いただきたいと思う。

小倉広メルマガ vol.91 『半沢直樹を一度も見ない小倉広の人生脚本』


vol.91「半沢直樹を一度も見ない小倉広の人生脚本」

「倍返しだ!」

という言葉が流行語大賞を取らんばかりの勢いだろうが、会う人、
会う人が皆、話題にしようが、とうとう私は一度も「半沢直樹」を
見なかった。また、一度も見たい、とは思わなかった。それは
「じぇ、じぇ、じぇ!」の「あまちゃん」も同じこと。そもそも私
はテレビをほとんど見ない(W杯やオリンピックを除く)。見たい
とも思わないのだ。

その理由がわかった。いや、私がテレビを見ない理由だけではない。
テレビを見ない「的な生き方」を私がしている理由が見えてきたのだ。

私は「テレビを見ない的」な生き方を自ら選んでいる。それは「普
通とは違う」生き方だ。私はそれを自ら選んでいる。おそらくは、
幼少期の頃にその生き方を自分で選び取った。そして、50歳に近く
なった現在もまだ、その生き方を「無自覚に」続けているのだ。

「テレビを見ない的」生き方。「普通とは違う」生き方として、私
が思いつくものをちょっとあげてみたい。

● 都心のど真ん中(表参道、以前は麻布十番)に住んでいる(普通
 の郊外の住宅街ではない)
● 子供がいない生活を続けている。DINKSもしくは独身を謳歌
● 2度離婚している。(普通の家庭ではない)
● 家に物を置かずショールームのような部屋(普通の家ではない)
● ジャズや落語など通人の趣味(普通の趣味ではない)
● サハラ砂漠マラソンや100kmトレイルが趣味(普通のマラソン
 ではない)
● 執筆や講演を仕事にしている。(普通のサラリーマンではない)
● 文章や講演内容が自己をさらけ出すスタイル(普通の文章でない)
● 出版ペースが異常に速い(普通の年2~3冊ではない)
などなど。

どうやら、私は、ことあるごとに「自分は普通ではない」「自分は
特別な人間なのだ」ということを証明しようとしているような気が
してならないのだ。

かといって、それをひけらかしたいわけではない。無理をしている
わけでもない。ごく自然にそれをしている。当たり前のこととして
「特別である」ことをしている。これは、アドラー心理学的に言え
ば「 I should be special 」(私は特別な存在でなくてはならない)
という種類のライフスタイル(性格・価値観)を持っている、と言
えるだろう。

「小倉さんは、まさに、お父様のおっしゃった通りに生きている
 じゃないですか!小倉さんのHPに書いてある、小倉さんのプロ
 フィール。あそこに小学校~社会人までの小倉さんの足跡が書い
 てありますね。その人生は、まさに、お父様がおっしゃった言葉
 そのままではないですか!」

アドラー心理学の師匠、有限会社ヒューマン・ギルド代表の岩井俊
憲先生はそうおっしゃった。私が先生にお伝えした父の言葉。父と
の思い出とは以下のようなものだ。

それは、私がまだ幼稚園生だった頃。父と母が繰り返し、私に伝え
た父の若き日のエピソードだ。母の言葉でそれを再現してみたい。

「ヒロシ。お父さんはね。一級建築士、という難しい資格を大学生
 の時に一発で合格したのよ。しかもね、お父さんは、試験の前の
 日にオールナイトで映画を見ていたの。勉強をしなくても受かった
 のよ」

私が思い出を語ると、岩井先生はこう解説をして下さった。

「小倉さん。それはアドラー心理学でいうところの『家族価値』で
 すね。父と母が共に語った『家族間で共有されている価値観』。
 それをヒロシ少年はそのまま受け入れ、自らの中に取り込んだ。
 自らのライフスタイル(価値観・性格)として受け入れたのです」

「そして『自己理想』として『自分は父のような特別な人間になる
 んだ』『勉強をしなくてもいい成績を取る』『普通の人とは違う
 特別な存在』になる、と決めたのです。そして、その通りの人生
 を歩んできた。それが『テレビを見ない』というところにも現れ
 ている。だから小倉さんはあれだけブームになっても『半沢直樹』
 を見なかったのです。小倉さんはフォロワーにはならない。常に
 スペシャルなパイオニアでいたいのです」

実は、私はアドラー心理学を学び始めてからこのことにぼんやりと
気づいていた。アドラー心理学では、個人の思考、行動、感情を規
定するものをライフスタイル(価値観、性格)と呼んでいる。そし
て、それは幼少期10歳頃までに形成されるとアドラーは言った。

アドラーの高弟B.H.シャルマンは「ライフスタイル」を「人生の設
計図」と例えた。またR.パワーズはそれを「人生という劇の脚本」
と呼んだ。つまり、私たちは幼少期に自ら設定した「ライフスタイ
ル」という「人生の設計図・脚本」に従って人生を生きている。
そしてほとんどの人は自分の「ライフスタイル」を知らない。私は
幸いなことにアドラー心理学を学ぶことで、その存在を知った。そ
して自分の「ライフスタイル」(価値観・性格)を少しずつ解き明
かすことができたのだ。

アドラー心理学では、ライフスタイル分析をする際に、「家族布置」
をまずは明らかにしていく。あたかも空に輝く星たちの星座を見る
ように、家族の構成員とそれぞれの関係性を年齢や性格、誰が誰と
似ていて、誰と仲が良く、悪くて、どっちが優れているか、などを
分析していくのだ。

それと同様に、先の私の例にあるように「家族で共有されている家
族価値」や「家族の雰囲気」さらには、幼少時の思い出である早期
回想分析、夢分析、などを駆使し、ライフスタイルをあぶり出す。
私は師匠である岩井先生のもとで、そのカウンセリング技術を学ん
だ。そして知らず知らずに自分の分析をしていたのである

やはり、そうか。なるほど。半沢直樹を見ない原因もそこにあった
のか……。

三つ子の魂百まで。恐ろしいことに、私は幼稚園の頃に決めた自己
理想と呼ばれる人生目標そのものに生きている。しかし、それは父
や母から押しつけられたものではない。自分で選び取っている生き
方だ。それが、アドラー心理学を学んでからわかるようになってき
た。いろいろな自分自身の謎が解けてきたのだ。

自分を知るっておもしろい。謎が解けるっとおもしろい。
そういえば私のもう一つのライフスタイルは「 Excitement Seeker」
(興奮・高揚感を求める人)であった。
「特別な存在でありたい人」「興奮・高揚感を求める人」うーん。ま
さに私そのものだ。さて、この人生脚本。私は書き換えるべきなのか、
このままでいくべきなのか。じっくりと考えてみたい。ガラリと書き
変えるのではなく、深めていくか、広げていく。もしくは「特別」や
「高揚感」の中身や定義を変えていく。そんな人生脚本の「修正」も
いいかもしれない。ますます私は人生が楽しくなってきているのであった。

小倉広メルマガ vol.165 『うっかり者』


vol.165「うっかり者」

大急ぎで友人との待ち合わせ場所に向かっている。1時間遅刻だ。本当に申し訳
ない。うっかり、約束を手帳に書き忘れてしまったのだ。

そういえば、先日、後輩の披露宴の日程でもダブルブッキングをしてしまった。
今回はきちんと「〇〇さん」と手帳に書いたはずなのだが、先約で「〇△さん」
という一文字違いの仕事を記入していたため「よし、既に手帳に書いてある。
時間確保はばっちり」と思い込んでいたのだ。

後から見直してみると「〇〇さん」ではなく「〇△さん」と書いてある。あっ!
と思ったが時既に遅し。私の日程に合わせて披露宴を設定してくれた後輩に大変
申しわけないことをしてしまったのだ。

それもこれも、私が「うっかり者」であるからだ。この「うっかり」。子どもの
頃から変わらない。いくら意識しても無意識にそうなるのだから仕方ない。持って
生まれた性格だからしょうがないのだ。

と思いかけて、考えた。そんなわけはない。アドラー派のカウンセラーである私
がそんな言い訳を許すわけにはいかないと考え直した。

アドラー心理学では性格(アドラー心理学ではライフスタイルと呼ぶ)は生まれ
つきや生育環境の影響を否定しないものの、その影響は限定的である、と考える。
それらの影響の元、性格は自分自身が自分の手で作り上げた自分の作品だ。だか
らいつでも変えようと思えば変えられる。自分で作ったものだから自分で変える
ことができる、と考えるのだ。

さらに、アドラー心理学では無意識の存在を否定する。意識と無意識が葛藤する、
ということはない、とアドラーは言う。やめたいけれどやめれない。これは単に
やめたくない、というだけのことである。意識と無意識の分離はなく全体で一つ
である。アドラー心理学ではこれを全体論と呼んでいる。

また「うっかり」にも、隠された目的がある、とアドラー心理学では考える。あ
らゆる言動には相手が存在し、その相手にどのように思われたいか、という本人
も無自覚な「目的」がある、と言う。アドラーはこれを「対人関係論」および
「目的論」と呼んだ。

おそらく私は「うっかり者」である自分が好きなのだ。そして、そのように
「うっかり」したところがある人間臭い自分に見られたい、と無自覚に思ってい
るのだろう。さらには、「うっかり」することで「楽をしたい」と思っているの
かもしれない。「あの人は、そそっかしいから・・・・・・」そう思われることで得を
することも多いだろう。プレッシャーも減るに違いない。そんな風に見られたい。
楽をしたい。そんな気持ちが透けて見える。

そう考えてみると、ずる賢い自分の嫌な面が良く見えてくる。確かにその通りだ。
よく考えてみれば、今回の「うっかり」。どちらも友人がらみのできごとだ。
これが仕事だったらどうだろう。おそらくもっと二重、三重にチェックしている
のではないか。そうすれば、「うっかり」は起きなかったかもしれない。

私は友人関係よりも仕事を重視しているのだ。そして、なぜ仕事を重視している
のかと分析してみると、仕事上でミスをすると致命的な打撃を受けるからだ。
そして、友人関係ならば許してもらえる、と思っている。そこに甘えている、と
いうことがわかった。

こうして考えてみると自分は相当にひどい行為をしている、ということがわかる。
「無意識」や「生まれつき」や「性格」のせいにして。さらには「仕事だから」
と言い訳をして。その実、本当のところは「自分が楽をして」「得をして」
「面倒なことを避けたい」だけ。後々自分に被害を被る仕事には慎重になるが、
どこかで許されるかも知れない友人に対してはいい加減な対応をしているだけな
のだ、と気がついた。

これが、自分は「うっかり者」だと言い訳をしている自分の正体である。さあ、
そんなダメな自分を変えてやるぞ。では、どうすればいいのだろうか。

アドラー心理学では「今すぐに性格は変えられる」と言う。しかし、今すぐに別
人に生まれ変われるわけではない。今すぐに変わり「始め」られる、というのが
正確な表現だろう。そう、私は自分の友人へ対するひどい対応を反省し、少しず
つ自分を変え始めることならばできるだろう。

その際に、おそらくはまた何度も何十回も同じ失敗を繰り返すだろう。慣性とい
うものはそれほどに強い。しかし、それを言い訳にしないようにしたいと思う。
そして、辛抱強くそれを意識して、メモの取り方を改めるなど具体的な方法を変え
たりしながら、うまくいけば10年ほどで自然にできるようになるだろう。しかし、
怠ければ20年経ってもわずかしか変わらないだろう。

そんな時は、自分を勇気づけるのだ。できていないところばかりを見るのではな
く、わずかでもできているところを見る。過去の失敗ではなく成功体験を見る。
そのことにより、自分を勇気づけて「きっとできる」と励まし続けるのだ。その
方が、自分を責め続けるよりもうまくいく。アドラー心理学ではそう考える。

こうして自分の失敗を文書に変えてわかった気にならないようにしよう。自分の
失敗をさらすことで贖罪をしたつもりにならないように気をつけよう。そんなこ
とを思いながら、ペンを置き、待ち合わせ場所へ駆けつけようと思う。

12月26日配信 小倉広メルマガvol.300 「顔で笑って心で泣いて、 武士は食わねど高楊枝」


vol.300「顔で笑って心で泣いて、 武士は食わねど高楊枝」
出典:任せてもらう技術


辛いときこそ笑うのが上司のつとめ

20代のころ、僕は上司に指摘されたことがある。
「小倉、ストレスが全部顔に出ているぞ」
よほど僕が仏頂面をしていたのだろう。
うまくいかないことやイライラすることがある度に、
何も考えず、そのまま顔に出していたのだと思う。
そんな僕が上司になってみてわかったのは、
「上司はいつも笑っていなくてはいけない」ということだった。

組織のリーダーが怖い顔をしたり、不安そうな表情をしていると、
部下はとても不安になる。
「大丈夫かな、何かあったんだろうか」
そんなことを考えていると落ち着かないし、目の前の仕事に集中できない。
上司が仏頂面をしているチームほど、マズいものはないのだ。

会社を立ち上げて社長になったとき、僕はそのことに気づいた。
そして、どんなに大変なこと辛いことがあっても、
いつも笑顔でいようと心に決めたのだ。

これを実践するのは想像以上に難しい。

特に、会社の資金繰りが悪化したり、
企業同士の業務提携でもめたりといった深刻な場面では、
笑ってなんていられないことも多かった。
ふと気づくと、眉間にしわを寄せて、
ものすごい目つきで考え込んでいる自分がいることもあった。

だから僕は、つくづく、お笑い芸人はすごいなと思う。

明石家さんまさんは、いつも楽しそうにゲラゲラ笑っているけれど、
人問なのだからしんどい日だってあるはずだ。
それでも彼は絶対に人前では顔に出さない。
あれこそがプロというものだろう。

会社の上司も、管理職としてのプロ意識が高い人ほど、
笑顔の裏で辛いことや大変なことを隠しているはずだ。

だけど、怒りも不安もストレスも顔には出さない。

たとえ「下手をしたら、うちの会社はつぶれるかもしれない……」
というときでさえ、平気な顔をしているのが上司のつとめだ。

それはまさに「武士は食わねど高楊枝」の精神といえるだろう。

◎自分の意思に反する決定ものみ込まなくてはいけない

それに、上司にだって上司がいることを忘れてはいけない。
部長や課長といった中間管理職は、
さらに上の人たちの意見に従わなくてはいけないこともしょっちゅうだ。

たとえ自分はA案がいいと思っても、経営会議でB案だと決まれば、
それをのむしかない。
だが、B案に決まったことを現場の部下たちに伝えるのは、
部長や課長の仕事だ。

自分の意見と異なる案でも、
それを会社の決定事項として話さなくてはいけない。

ここで、ダメな上司はつい、こういってしまう。
「俺は本当はB案には反対だったんだよ。
でも、会社が決めたことだから、仕方ないよね」

しかしそんなことをいったら、組織の統制はメチャクチャになる。
「そうか、課長も本当はやりたくないんだ……」、
そう思った部下たちは、B案の仕事を一生懸命やらなくなるだろう。

だからこの場合、たとえ本心ではA案がいいと思っても、
B案に決まった以上は、それを自分の意思として伝えるのが、
正しい上司のあり方だ。

不満そうな表情など一切見せず、
笑顔で「今回の選択はB案がベストだ」といい切るのが優秀な上司なのだ。

だが、想像してみてほしい。

これって、ものすごく辛いことだと思わないだろうか?

自分の意見とは異なる決定をのみ込むには、心の整理が必要だ。
とことん議論して、意見をぶつけ合った末でなければ、とても納得などできない。
だが、毎回それをやるにはパワーも時間も必要だし、心身ともに消耗する。
だから、上司は会社の決定に100%納得ができないまま、
生煮えの状態で上の意見をのみ込んでいることもよくあるのだ。

上司は部下の見えないところで、
そんなバトルや葛藤を日々、繰り広げている。

キミの前でニコニコしている上司を、そっと観察してみてほしい。
もしかしたら今この瞬間も、心のなかで泣いているかもしれないのだから。

6月6日配信 小倉広メルマガ vol.266 『過去に起きたことはすべてラッキー』


vol.266「過去に起きたことはすべてラッキー」
出典:35歳からの生き方の教科書

過去にあった失敗を考えないようにすることができるようになったら、
もう一つ上の上級編にチャレンジしてみよう。過去を否定して
消し去るのではなく、再解釈し直して「良かった! ラッキー!」と
思い直すのである。

例えば、僕は腕を骨折してしまい、しばらくパソコンを使えなくなったことが
あった。普通であれば不運を嘆き悲嘆にくれるだろう。
しかし、そうではなく、僕は「ラッキー!」と考え直した。
「腕の骨折だけで済んで良かった!これからは周囲をよく見て気をつけよう。
今回のことは今後もっと大きな事故に遭わないように神様が注意してくれたんだ
と考えよう。早めに気づいて本当にラッキーだった!」

そして同時にこうも考えた。
「これでしばらくパソコンが使えなくなるな。ラッキーだ!
慌ただしい日常の仕事から離れて、日ごろは忙しくて考えられなかった大事なことを
じっくり考える良い機会ができた。本当に骨折して良かったな~!」

僕がサラリーマンを卒業してベンチャー企業の役員になったときのことだ。最も
驚いたのは知り合う経営者たちがみな一様に超ポジティブだったことだ。
たとえどんなに悪いことがあったとしても、反応は必ず一緒だった。

「小倉さん、良かったじゃないですか!」
僕は最初のころ、何を言われているのか理解できずにひたすらとまどったのを
覚えている。しかし、出会う経営者が一人残らず同じ反応をするので
やがては慣れてしまった。そして、僕自身もそのような考え方が
できるようになりたいと思った。

やってみるとこれはなかなか難しい。ついつい物事を悲観してマイナスに
考えてしまう癖が抜けなかった。

でも、辛抱強く繰り返しているといつの間にか自然にできるようになってくる。
35歳からの君ならば、今からでも十分に間に合う。過去に起きたことは
すべてラッキーと考える癖をつけてみてはどうだろうか。

6月3日配信 小倉広メルマガ vol.265 『やめたくてもやめられなかったお酒をやめた』


vol.265「やめたくてもやめられなかったお酒をやめた」

「365日中、365日飲んでいる」と豪語していた私がピタリとお酒をやめて
3週間が経つ。「よくガマンできますねぇ~」と言われるが、
ガマンなどしていない。やめよう。そう思い立って「決めた」ら
簡単にやめられたのだ。

お酒をやめようと思った理由は2つ。1つは睡眠の質を改善したいと思ったから。
も1つは「惰性で行動するのが嫌になった」ためだ。まずは前者から話そう。

酒を飲むとよく眠れる、というのは大いなる誤解だ。
寝付きはよくなるが睡眠の質は著しく低くなる。お酒を飲むと3時間くらいで
覚醒作用が起きる。アルコールが分解されることで、まるでカフェインを
摂取したかのように目が覚めていくのだ。私は早寝のため、夜10時〜11時には
眠りに就く。すると決まって夜中の1時〜2時に目が覚めてしまう。
しかも、その後眠れなくなってしまったのだ。
これでは快適な毎日など送れるはずもない。良質な睡眠は良質な人生の基礎となる。
私はお酒を減らす、もしくはやめる必要を強く感じた。

2つ目の理由は「惰性で生きるのが嫌になった」ためだ。
夕方、仕事が終わると何も考えずにビールの栓を開ける。1杯飲むと2杯目を。
そしてそのまま眠くなるまで延々と飲み続ける。「飲みたいのか?」と問われると、
えぇ、まぁ・・・・・・、という気分だ。では、飲むのをやめますか?と問われると
何だか淋しいような気がして、お茶やジュースに切り替えることができない。
そんな風にして、なんとなく惰性で一晩にビールを5本、10本と飲む。
そんな自分が嫌になったのだ。

「やめたいのにやめられない」アドラー心理学ではそれを人生の嘘だという。
単に「やめたくない」だけだ。そう喝破するのだ。私はまさに「やめたくなかった」。
でも、言い訳のように「本当はやめたいんだけどね・・・・・・」と
つぶやいていただけなのだ。ポーズを取っていたのだ。

そこで、私は私に問いかけることにした。「本当にやめたいの?ならやめればいい。
本当はやめたくないの?なら、自分に嘘をつくのをやめて、正々堂々と飲もうよ」と。
「本当はやめたいけど、やめられない・・・・・・」などと嘘をつき、自己嫌悪に陥り、
被害者のふりをするのをやめようよ、と。そして「よし、やめよう」と決意した。
それだけのことだ。

私は意思が弱いから、量を減らすことは苦手だ。だからピタリとやめる方がラク。
そう考え、それ以来まったく飲まないようにした。最初の一週間は離脱症状と
呼ばれる一種の禁断症状で苦しんだ。夜、飲んでいた時以上に眠れないのだ。
しかし、その地獄をくぐり抜けたある晩、私はここ数年経験したことのないほどの
深く快適な睡眠を手にし、それ以来、毎晩心地よくぐっすりと眠れるようになった。

それより何より。自己嫌悪に陥ることがなくなったのが大きいかもしれない。
「やめたいのにやめられない」「自分があたかも被害者であるかのような
言い訳を自分にする」毎日を手放すことができたのである。

一番の勝因は「自分で決めた」ことである。誰も私に「酒をやめなさい」
とは言っていない。やめたっていい。やめなくたっていい。飲み続けたっていい。
自分で決める事が出来るのだ。なのに、あたかも自分では決められないかのような
フリをして「やめたいのにやめられない・・・・・・」と言っていた自分を
哀れに思ったのだ。

そうではない。「自分で決める」「自分で決めている」そして
「自分で決めることができる」のだ。だから、やめたっていい。
やめなくたっていい。どうする?自分?そう問うたのだ。これが、
最大にして唯一の勝因だろう。

「人は自分の人生を描く画家である」とはアドラーの言葉だ。
私は私の人生を自分で描いている。そして、これからも自分で描いていきたい。
そう思う。私は今日もコカコーラゼロを飲みながら夕食をとるだろう。
そうしたいから、そうするのだ。それだけのことだ。

5月30日配信 小倉広メルマガ vol.264 『変わりたいと思うきっかけの種をまく』


vol.264「変わりたいと思うきっかけの種をまく」
出典:リーダーのための7つのステップ 49のコツ

-自分のコピーを作ろうとしてはいけない

北川さんは、私が勤めていた会社の先輩です。
彼は営業として全国トップの業績を出し続け、28歳の若さで営業所長に
抜擢されました。そして、着任の挨拶でこう言いました。
「俺のやり方を全部教えてやる。みんながそれを覚えれば、必ず
全国1位になれるぞ」

そんな彼が半年後、飲み会の席でメンバー全員を前にして、土下座して
謝っていました。「すまん。俺が悪かった!」

その営業所は、全国トップどころか最下位前後に低迷。 元気だった
メンバーの何名かは笑顔を失って退職。営業所は崩壊寸前になって
しまったのです。そこで初めて北川さんは気づきました。
「私はメンバー全員を無理やり自分のコピーにしようとしていた。
イチローに対して松井のやり方を強要した。
だから、うまくいかなかったんだ」と。

-無理やり水を飲ませることはできない

西洋のことわざに「喉が渇いていない馬に無理やり水を飲ませることはできない」
というものがあります。人間も同じこと。自ら「変わりたい」と思っていない
メンバーの考え方や仕事のやり方を、リーダーが無理やり変えることは
できないのです。それが「どんなに正しいこと」であったとしても、
「押しつけた」 瞬間に、メンバーはそれを受け容れなくなるのです。
皆さんは、子供の頃に親からこう言われた覚えはありませんか?

「テレビなんか見てないで勉強しなさい!」
親の教えは、間違いなく正しいはずです。しかし、そう言われた瞬間、
皆さんはこう反発したのではないでしょうか。「今やろうとしてたのに!
そんなふうに言われたら、もうやる気がなくなるよ!」どんなに
正しいことを言われても、押しつけられた瞬間に、人は受け容れを
拒絶するのです。リーダーが無理矢理メンバーを変えることは、できないのです。

-きっかけをつくる、変わろうとする人を助ける

しかし、チームが目標を達成するためには、メンバーに成長して
もらわなくてはなりません。その際に、スキルを覚えてもらうだけでは
足りません。自発性や協調性、やりきる力など、仕事への取り組み姿勢を
変えてもらわなくてはならないことが多いでしょう。それはすなわち、
メンバーに変わってもらうことに他なりません。しかし、リーダーは
メンバーを変えることはできない。さて、どうしたらいいのか?
八方ふさがりではありませんか。

1つだけ方法があります。それは、メンバー が自ら「変わりたい」
と思うきっかけをつくること。 押しつけではなく、気づきを与えるのです。
一番よい方法は、メンバーに「同僚の成功事例」を語ること。難しい仕事を
乗り越えて顧客に感謝され、抜群の成績を上げた仲間の体験談を伝えるのです。
これは、上から叱られるよりも、はるかに効果的です。「自分だって!」の
気持ちを引き起こすのです。

Top