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小倉広メルマガvol.365 「チヤホヤされると、淋しくなる」


vol.365 『 チヤホヤされると、淋しくなる 』 



下手に本が売れたり、マスコミにインタビューが掲載される
と、チヤホヤされる機会が増えていく。
最初はそれが嬉しかった。「調子に乗ってはいかんぞ」と自戒
しつつも、「あの有名な小倉先生ですか!?握手して下さい!」
などと言われる度に、恥ずかしながら、にやけてしまったのだ。

しかし、やがて、少しずつわかっていく。
僕の知名度にチヤホヤする人は、僕以上に知名度がある人を
見つけると、すぐにそちらへ飛んでいく。

僕と握手し、写真を撮って、SNSへ投稿すると、それで終わり。
要は、僕の知名度を「消費」しているだけ、だとわかったのだ。

きっと、そういう方々は、僕の本が売れなくなったり、知名度が
なくなれば、僕に見向きもしなくなるだろう。僕の機能価値を
買ってくれるけれど、僕の存在価値には興味がない方々なんだ。

もちろん、それは、当たり前といえば、当たり前のことだ。僕や
僕の著作という経済的商品はそのようにして資本主義社会で存在
していくしかない。でもね、同時に商品ではない生身の人間とし
ての僕、という側面もあるのだよね。

だから、最近は、知名度にチヤホヤされても、本当に嬉しくなく
なった。舞い上がらないどころか、淋しくさえなることさえある。
きっと、僕なんかよりはるかに知名度が高い著名人の方々も、
同じ思いをされてきたのだろうな、と感じている。

そして、知名度など関係なく、僕を、普通の一人の人間として。
52歳の、その辺にいる普通のおっさんとしてつきあってくれる
ことをとても嬉しく思う。一緒に酒を飲んだり、ライブに行ったり、
「ヒロさん、バカじゃないの!?」って突っ込んでくれる友人を
本当にありがたく思う。

本が売れているからつきあう。知名度があるからつきあう。
そんな条件付きの人づきあいではなく、
なんか、あのおっさん、オモロイからまた飲もうか。
そんな裸のつきあいができる友だちがありがたいと思う。

アドラー心理学では、「ほめる」のではなく「勇気づける」ことを
推奨している。

「ほめる」とは「成果」がプラスの時だけ、肯定的に「評価」する、
ことだ。成果がマイナスの時には、絶対にほめない。

「勇気づける」とは「成果」がプラスかマイナスか、に関わらず
相手の存在を無条件に価値がある、と感じ、どのような行動を取って
いても、その動機は善である、と人格(存在価値)を肯定することだ。

チヤホヤするのは、上記の「ほめる」に該当するだろう。思いっきり
条件付きの対応だ。
ただのおっさんとしてつきあうのは、上記の「勇気づけ」に該当する
だろう。ああ、周囲の人々は仲間だな。僕は、そう思えるからだ。

最近は、チヤホヤされることが減ってきたのは、僕の知名度が下がって
いるからかもしれないし、僕がそれを望んでいないことが少しずつ、
伝わるようになったからかもしれない。

そして、何より、僕自身が「成果」や「知名度」なんてない、「素」の
「裸」の自分を認めることができるようになってきたからかもしれない。
僕が、自分で自分自身を勇気づけることができるようになったのかも
しれない。



編集後記


思うところあって、クレジットカードを2枚だけ残して、
すべて解約しました。毎月、百万円以上使って、プラチナカードや
ブラックカードへ「昇格」したものや、永久に飛行機のラウンジに
入る権利がある特別会員付きのカードもすべて処分しました。

残っているのは、プラチナどころか、ゴールドですらない、カラフル
なSUICAカードとATMカード兼用の銀行カードだけです。

これまで、僕の長財布にズラリと並べていた、ブラックやプラチナ、
ゴールドカードが一切なくなって、カードスペースはスカスカの空き
だらけになりました。

ああ、僕は、見栄でカードをズラリと並べていたのだなぁ、とわかり
ました。人前でシルバーやカラフルなカードを使うのが恥ずかしい、
とさえ、思っていたのだと思います。

そんな条件なしで、無条件に生きていく。その覚悟が少しだけできた
のかな、と思っています。まだ、たまに、ホテルのラウンジなどで、
SUICAクレジットを使うとき「恥ずかしい……」と思っちゃう
ことがあるけどね。

では、また次回をお楽しみに!



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小倉広メルマガvol.364 「つくり置きの朝ご飯レシピ」


vol.364 『 つくり置きの朝ご飯レシピ 』 



最近、よく料理をつくる。
スーパーで買い物をするのも楽しいし、料理も楽しい。
できたものを食べるのも楽しくて、奥さんを驚かすのも楽しい。

まずは、3~4日分の朝食用サラダをつくる。
夏場は2~3日が限度かな。
レタス、ブロッコリー、アボガド、キューリ、ここまでは必須。
ここに季節によりトマトやセロリやクレソンやブロッコリースプラウト
なんかを加える。そして、最後にオメガ3の良質な資質と繊維質を摂取
できるクルミとアーモンドを載せる。

食す時には、同じくオメガ3の良質な脂質である亜麻仁油を加熱せず生
でかけ、そこにアップルビネガーもしくはバルサミコ酢を同様に振りかけ
最後に、粟国の塩と白ごまを挽いてかけて完成。

なんと完璧な栄養価。そして、しみじみおいしいサラダだろうか。
これを妻と食べるのが朝食の定番。僕はそれを作るのが当番だ。

朝食にはもう一品。暖かいものを加えたい。
そこで活躍するのがIHジャー。炊飯用ではない。煮物用。
材料を入れて温度と時間をセットすればボタン一つで料理が出来上がる優れものだ。

僕の定番は、ラタトゥイユ。
以下の野菜を1センチ四方程度の立方体に切って、鍋一杯に入れる。最後に上から
オリーブオイルを回しかけて、水を一滴も入れずに100度で40分。おいしい
おいしいラタトゥイユの出来上がりだ。冷蔵庫に入れておけば冬場は一週間
くらい大丈夫。その前に食べ切っちゃうけどね。パンに載せてもおいしい。

ズッキーニ、トマト、なす、パプリカ、タマネギ、ニンジン、ニンニク、ベーコン。
イタリアンもしくはフレンチハーブミックスを入れる。ローリエも2~3枚。

ポトフもよく作るな。適当に根菜を入れて、コンソメスープで。
こちらにもハーブミックスとローリエ。ブーケガルニでもいい。
最近は水の代わりに豆乳を入れてクリームシチュー風に作るのが好評。
奥様は乳性品が苦手なのと、僕がタンパク質摂取を重視しているので豆乳がグッド。

タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、ベーコンまたは鶏肉または牛すね肉、
他適当に野菜。すね肉以外は野菜が柔らかくなったら完成。
食べる時にバターやサワークリーム、もしくは亜麻仁油をかけるとおいしく
なります。オリーブオイルも可、ね。

と、ここまで書いてみて、ふと気づく。
これって、僕のメルマガとして、成り立つの?
ただ、レシピ書いただけじゃんか。

でも、思う。たまには、こういうのもいいでしょう、と。

僕のメルマガ、よく「ブログでしょ?」と間違われるし。
ブログなら、朝ご飯レシピだって立派な内容だ。

ということで、僕がよく作る、作り置き朝ご飯レシピ。
なんの参考になるのかわからないけど、何かの参考になれば!
以上、今日のメルマガとする。




編集後記

そういえば、夜型の生活を送っていた10代、20代は、朝ご飯なんて
ほとんど食べなかったなぁ。食べたとしても、白い食パンにマーガリン
という極めて不健康な体に良くない食べ物を食べていました。
今は、膨張剤や添加物がたくさん入っている市販の食パンは食べないし、
脂質として体に悪いマーガリンは絶対に食べません。バターは食べるけどね。
朝型に生活を変えた30代40代も、朝ご飯は適当だったなぁ。
今は、食事が体を作っている、ということで、調味料や材料まですべて
こだわって、いいものを使うようにしています。
でも、めちゃくちゃ体に悪そうなジャンクフードも大好きなのが困ったところ。
食べる時は、健康なんて考えずに、大いに楽しみます。
そして、また、こだわった食事に戻る。そんな繰り返しです。
それで、いいじゃん!と思っています。

では、また次回をお楽しみに!



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小倉広メルマガvol.363 「部屋を片付けない子どもの行動は不適切か」


vol.363 『 部屋を片付けない子どもの行動は不適切か 』 



アドラー心理学を学べば学ぶほど、驚きの連続だ。

子育ての際に、子どもがおもちゃを出しっ放しにして、
片付けない。お母さんはイラッとする。怒鳴る。

「片付けなさい!もう!部屋が汚いし、歩きにくいったらないわ」

子どもが、ニヤッと笑って口答えをする。

「別に。私は平気だし。ママがおもちゃをよけて歩けばいいじゃない!」

その一言にママはぶち切れる。

「口答えせずに、とっとと片付けなさい!!!!!」

子どもは、あかんべーをして、部屋に駆け込む。
どこかで見たことがあるような光景だ。

アドラー心理学では、上記の子どもの行動を不適切な行動、だとは考えない。

えー!そうなの?不適切でしょ!
僕は最初、そう思った。

では、不適切な行動とは何だろうか?
情緒的な定義だと、母をイラッとさせる子どもの行動、となる。

(本当は逆もあるかもしれないけどね。わかりやすく捨象しますね)

しかし、それは正しくはない。初心者向けの(間違いを含んだ)
なんとなくの定義だ。

では、正式の定義は何かというと
「共同体に対して破壊的な行動」だという。

つまり、共同体に迷惑をかける行為が不適切な行動というわけだ。

そこで、お母さんは考える。
「あら? それなら、私、迷惑をこうむっているわ。
 だって、片づいていない部屋を見る度に、不愉快な気持ちになるもの」

しかし、ここは要注意のポイントだ。

共同体の中には、子どもも含まれる。その子どもが
「私は、片づいていなくても平気。全然、不愉快じゃない」と言っているのだ。
これでは、共同体に対して迷惑をかける破壊的行動とは定義しづらい。

これは、どう考えればいいのだろうか。

アドラー心理学では、このお母さんがこうむっている迷惑を「心理的迷惑」と呼ぶ。
そして、そのほかの実体的な迷惑、たとえば、金銭的迷惑や物質的迷惑や、
身体的な迷惑と分離して考えるのだ。


さらに、こう考える。

心理的迷惑って、共感されにくいよね~。

だから、僕は、子育てはしていないけど、夫婦間で心理的迷惑をこうむっている時、
こう伝えるようにしている。

「奥様、奥様。僕、玄関に靴がたくさん並んでいるのを見ると落ち着かないの」

奥様は答える。
「私、別に平気」

僕は、このように提案する。
「じゃあ、僕が、キミの靴も靴箱に片付けてもいい?
 僕、玄関に靴がない方がスッキリして好きなのよ」

奥様は答える。
「うん。いいよ」

これで、問題解決だ。

夫婦円満の秘訣はここにある。

親子円満も、きっと同じに違いない。



編集後記

よし、もっともっと仕事をするぞ!
社会のお役に立つぞ!命を使うぞ!
そう決意して、代々木に引っ越してきてから、不思議なことが
続いています。

こちらから、連絡を取ろうと思っていた人から続々とメールが届き、
会いたかった人にたくさん会えています。

さらには、どこにも営業をしていないのに、毎日のように、講演や
企業研修の新規の依頼が舞い込んでいます。この仕事を始めてから
10年近く経ちますが、このようなハイペースは初めてのことです。

依頼を下さる方は、おそらく、僕のメルマガやFacebookなど見て
いないはずです。しかし、なぜか、続々と仕事が舞い込んでくる。
最近、新しい本を書いたわけでもないのに。不思議なことです。

恐らくは、えもいわれぬ不思議な力で、僕のやる気が社会に伝わって
いるのではないか。そんな風に思っています。

ご期待に応えて、もっともっと社会の役に立つ人になって、
もっともっと僕自身も幸せを実感したいと思います。

では、また次回をお楽しみに!



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小倉広メルマガvol.362 「 頑張らなくちゃ!は自己否定 」


vol.362 『 頑張らなくちゃ!は自己否定 』 



3名だけ、エグゼクティブ・コーチングのお手伝いをしている。
月に2回程度、スカイプや対面で1時間セッションをする。
お相手は、皆さん、社会的に地位のある経営者や経営管理者の方ばかりだ。

セッションが終わる。クライアントの方が言う。
「私も、もっと頑張らなくちゃいけませんね」
僕がニヤリと笑う。ハッと気づいて
「あ、いや、頑張らないようにします!」

僕がニヤニヤしたままでいると
「あ、どっちでもいいですよね。とにかく、楽しくやってみます」
と照れ笑いをした。

「もっと頑張らなくちゃ」という言葉は、言外に
「今の私は頑張っていない」という思い込みがある。
だから、「頑張らなくちゃ」は自己否定なのだ。

当然のことながら、これを相手に使うのは、他者否定である。
「もっと頑張れよ」という言葉は、言外に
「今のあなたは頑張っていない」という決めつけがある。
だから、「頑張れよ」は他者否定なのだ。

じゃあ、どうすればいいのよ?
頑張っちゃいけないの?

そんなことはありません。
頑張るのが楽しければ頑張ればいい。
思わず頑張りたくなるのなら、自然に頑張ってもいい。

ただし、「頑張る」の先に「なくちゃ」がつくと、ちょっと切ない。
それが、たまに、ならばいいけれど、ずっとずっと続くと、しんどい。

なぜならば、それは、ずっとずっと
「自分はダメだ」
「自分は頑張っていない」
とダメ出しをし続けることになるからだ。

僕だったら、うつ病になっちゃうな。
そこまでいかなくても、きっと、勇気を失って、
チャレンジを恐れるようになるだろう。

だから、僕は自分に
「頑張らなくちゃ」と言うのをやめました。

相手に「頑張れ!」と言うのをやめました。

自己否定も、他者否定もしたくない、と思ったからです。

頑張ってもいい。でも、できれば、楽しく頑張りたい。
「なくちゃ」をつけずに、自然に思わず、頑張っちゃいたい。

そんな心の状態を保つために、逆説的だけれど
「頑張らなくちゃ」をやめている。

今のところ、絶好調である。



編集後記

愛犬ホタルをつれて、代々木公園をジョギングしています。
普通の犬ならば、木立で木の1本1本にマーキングという
名のおしっこをかけたがったり、もしくは、匂いをかぐために
立ち止まります。僕が飼っていた代々、他の雄犬は皆そうでした。

しかーし。ホタルは、とってもお利口さんで、縄張り意識が
低いのです。もう1歳半にもなるのに、一切、マーキングを
しないのです。

これは、おそらく先天的な気質もあるでしょう。そして、後天的
な躾けの結果もあるでしょう。躾けというのは、鎌倉に住んで
いた時に、近所のおうちの生け垣や庭木におしっこをかけさせ
ないように、公園までおしっこをガマンさせたからでしょう。
おそらく、それが癖になったのです。

とってもお行儀良く、僕のジョギングの隣を、タカタカゆっくり
走ります。僕を追い越さず、同じスピードで合わせてくれます。
「とってもお利口さんですね」
そう言われると、しっぽを振って喜びます。
僕とかみさんは、ホタルを「ロイヤル・ハイネス」と呼んでいます。
貴族みたいに気品があるからです。

あ、編集後記が結局、愛犬自慢になってしまった。
まあ、いいか。

また、次回をお楽しみに!



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小倉広メルマガvol.361 「犯罪者だって、人格は善」


vol.361 『犯罪者だって、人格は善』 



アドラー心理学を学んでいて、驚いたことの一つが、
この「犯罪者だって、人格は善」ということだ。
何を言っているんだ?
犯罪者の人格は、悪に決まっているだろう。
話を聞いて、そう思った。

それから、少し考えて、気がついた。
そうか。これは理想論なんだ。きれい事としてなら、意味はわかるぞ、と。
「罪を憎んで人を憎まず」
そういうことだろう。

しかし、アドラー心理学の目ざすところは、そんな甘っちょろい話ではなかった。
「問題行動を起こす人だって、すべての人の人格は善」
これを毎日の日常で、あたりまえのように活用しましょう、というものだったのだ。

例えば、電車で割り込んで来る人だって、人格は善。
例えば、人の陰口をあることないこと言いふらす人だって、人格は善。
例えば、自分勝手な行動をして他者に迷惑をかける人だって、人格は善。

そう認識し、相手に対して陰性感情(怒り、不安、後悔)を発生させず、
協力的な行動を選択しましょう。
相手を叱ったり、怒ったりせず、協力できることを探し、
「何かお手伝いできますか」と質問し、「要らないよ」と言われれば、
いつかきっとできる、と信じて見守り、時には、身を引く。
毎日をそうやって穏やかに過ごしましょう。そういう意味なのだ。

これには、正直ぶったまげた。
どうしても、納得できなかったからだ。
だが、先生の解説を聞いて納得した。

「行為と人格を分離しましょう」

そして、こう学んだのだ。

「問題行動を起こす人は2種類です。
 1つは、適切な行動を知らないから。
 もう1つは、適切な行動を知っていても、どうせ、
 自分にはできっこない、と思っているから。
 だから、不適切な問題行動で所属を目ざす」

適切な行動を取る人は社会への所属を目ざしており、
不適切な問題行動を起こす人も社会への所属も目ざしている。

あらゆる人の目的は社会への所属だ。
だから、動機はどちらも善。あらゆる人の人格も善なのだ。

これを理屈ではなく、日常の周囲の人に対して、心から思い続ける。
それがアドラー心理学的な生き方だ。

問題行動を起こす人。むかつく人。自分勝手な人。
「ああ、彼も彼女も所属したくてしょうがないんだな」
「劣等感が強くて、自分には適切な方法で所属できないと思っているのだな」
「だから、ああして不適切な行動で所属を目ざしているのだな」
「きっと、淋しいんだろうな。切ないんだろうな」
そんな風な目で、あらゆる人のあらゆる行動を見る。
行為は間違っていても,その人の人格は善。
そう思って協力的に接していく。それがアドラー心理学的生き方らしい。

これは、すごいことだ。
とてつもなく難しいことだ。

でも・・・・・・・・・・・・。
とても素敵だ。

そんな人になりたいな。
なれるかな・・・・・・。

もしかしたら、いつか、なれるかもしれないな。
100%完璧にはなれなかったとしても、少しでもそんな風に近づきたいな。

アドラー心理学を学んでから、そんな風に日々思っている。

犯罪者に比べれば。身の回りの家族、同僚、上司、友だち。
彼らの問題行動など、かわいいものだ。

それに目くじらたてて、相手を裁き、嫌みや皮肉や怒りをぶつける必要はない。
「ああ、彼や彼女もさびしいのだな。自分は無力だと思っているのだな」
そんな慈しみの目で相手を見ることができるようになりたい。

アドラー心理学を学びながら、そう思う。
できている時より、できていない時の方が、まだまだまだまだ多いのだけれど。

常に意識をし続けながら、できない時よりもできる時の方が多くなれるよう。
日々、鍛錬、訓練、振り返りをしていきたいと思っている。




編集後記

なまじ心理学など勉強すると、相手の行動の意図や目的が透けて見えて
それをもとに相手を裁きたくなります。
「ああ、この人は間違った考え方をしているのだな」
「この人の言葉と態度の裏にある魂胆はこれだな」

そうして、相手の人格をジャッジしようとしてしまうのです。
これは、自らの優越感を感じるために、相手を利用している行為です。
まったくもって協力的ではない。競合的な思考です。

そうではなく、先に学んだリスペクトをするのです。
「この人は悪だ!」が一回目だとすると、
リスペクト(もう一度見る)する。
「この人の行動は間違っているけど、動機は善=所属だ。人格は善だ」
そうやって見るのです。

練習、練習、それに尽きます。すぐにできなくたっていい。
できるようになりたい、と思うことがとっても大切。
そう自分に言い聞かせています。
興味のある方、一緒に練習、お稽古を続けましょうね。
では、また次回!


では、また次回をお楽しみに!




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小倉広メルマガvol.360 「楽しくない飲み会につきあわない」


vol.360 『楽しくない飲み会につきあわない』 



もう10年以上前の話だ。

当時、僕は行きつけの六本木のバーで友人や先輩たちと飲んでいた。
すると、マスター宛に電話が入った。

「はい、お待ちしています!」
マスターは電話を切ると、僕たちに向けてこう言った。

「〇〇さんが、これから来るってさ」

〇〇さんは、名前を言えば誰もが知っている著名人だ。
お金持ちで、羽振りがいいことでも有名である。
僕たちは〇〇さんと何度か一緒に酒席を共にしたことがある。
友だちとまではいえないが、顔を見れば「おう!」と言ってもらえる
程度の関係であった。

僕は、てっきり、全員で〇〇さんを迎え、酒席を囲むものと思っていた。
ところが、である。

先輩のAさんはこう言った。
「えー?〇〇さん、来るの?じゃあ、俺、帰ろうかな」

Bさんも続けた。
「俺も帰る。だって、〇〇さん、王様じゃん。おいしいところ全部一人で
 持って行くから、一緒にいてもおもしろくないよ。さぁ、帰ろうっと」

僕はびっくりした。

そうか。帰ってもいいのか・・・・・・と。

そうか。おいしいところ持って行かれることを悔しがってもいいのか・・・・・・。

そうか。ワガママでもいいのか・・・・・・。

そうか。いい人のふり、しなくてもいいのか! と。

僕にとって、堂々と帰っていくAさんやBさんが、すごくカッコ良く思えた。
そして、あんな風になれたらとっても気が楽だろうな。羨ましいな、と思った。

しかし。よく考えるまでもなく、それはAさんやBさんだけの特権ではない。
僕が帰ったっていいわけだ。それは、今も変わらないはずだ。

先日、友人にこう教えてもらった。

「イヤならばイヤって言った方が楽だよ~。
 だって、自分が我慢する人は、他の人にも我慢を強要するようになるからね~」

「自分を大切にできている人は、他の人が自分を大切にすることを尊重できるからね」

うん。そういうことだ。そういうの、いいよね。

ということで、僕も、楽しくない飲み会に出るのはやめよう、と改めて思う。
そして、他の人が、自由に振る舞うことを尊重したいと思う。

改めて、宣言するほどのことでもないけどね。
10年前の決意を守れていないことに気づいたので、いい機会にしたいと思う。

「ヒロさん、いろんなところに顔出しているよね~
 楽しいのならいいけどさ、頑張っているところもあるのかなぁ?」

ドキ!

いい人と見られたくて、頑張るのって、イヤだな。
肩の力を抜いて、自分を大切にする一年にしたいと思います。



編集後記

健康にいいことをたくさんやっています。
食事、飲み物、サプリメント、運動、マインドフルネス瞑想。。。。。。。

しかし、それらを全部チャラにしてしまうほど不健康なこともしています。

まずは、飲酒。毎晩、飲みすぎです。
そして、食べ過ぎ。太りすぎです。

台無しじゃないか!

とも言えるけど。

他を頑張っているからマイナスが減っていて良かったね~
とも言えるわけで。

はい。自分にそう言っています。そして、そう思っています。
そして、今夜もおいしいお酒をいただこうと思います。

では、また次回をお楽しみに!



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小倉広メルマガvol.359 「仕事の生産性を高める三つのルーティン」


vol.359 『仕事の生産性を高める三つのルーティン』 



かつて、引きこもり青少年の教育をしていた知人から聞いた話である。
引きこもり青少年の自宅を訪ねると、まず、例外なく部屋が汚い、
のだと言う。
そこで、彼が行う最初の指導は、彼らと共に、汚い部屋を隅々まで、
キレイに掃除することだ。
たったこれだけのことで、学校へ戻っていくケースがあるという。
整理整頓、清掃をすると、心が変わる。
前向きに、課題解決に取りかかる気持ちができるのだ。

恥ずかしながら、僕も20代~30代まで整理整頓、清掃が苦手だった。
仕事の忙しさにかまけて、後回しにしていたわけだ。

しかし、それが間違っていたのだ。
先に部屋をきれいにする。すると、仕事の生産性が劇的にあがる。
これは僕の体験からも自信を持って言えることだ。
今、僕の部屋はいつも整理整頓、スッキリとものがない部屋だ。
仕事の準備は万端である。

同様に、毎朝、ジョギングや筋トレをするのと、しないのでは、
劇的に仕事の生産性に影響がある。運動をしてから仕事に取りかかると、
モチベーションが高まり、さらに頭脳が冴え渡る。いろいろなアイディアが
不思議なくらいわいてきて、あれもやりたい、これもやりたい、と積極的に
なる。脳内ホルモンの分泌が大きく影響しているのだろう。

もしも、仕事の品質を高め、生産性を上げたいのなら、「忙しい」などと
言い訳をせずに、まずは仕事場をピカピカにすることだ。そして、ゴミを
片っ端から捨てて、整理整頓、スッキリする。

そして、運動を習慣化する。僕は今、筋トレに30分、朝ランに30分
かけているが、仕事の生産性向上であっという間に取り戻している自信がある。

生産性向上三つ目のルーティンは、学習である。
読書でも勉強会参加でも、動画視聴でも何でもいい。できれば、毎日取組む
習慣を作りたい。最低でも週に2~3日。同じく30分。通勤時間の活用もいいだろう。

これが仕事の生産性を飛躍的に高める。当たり前のことだ。知識の習得と
仕事への活用で生産性が高まらない方がおかしい。これが三つ目だ。

「忙しくて、清掃や運動や学習ができません」は勘違いだ。逆なのだ。
「清掃と運動と学習を習慣化するから、仕事の生産性が向上して時間ができる」のだ。
仕事に取りかかる前に、整理整頓清掃をし、運動をし、勉強をする。
それから朝の仕事にとりかかる。これが黄金律だ。

世界的ベストセラーであるスティーブン・R・コヴィー博士の「7つの習慣」
にもあるではないか。錆び付いた、のこぎりで木を切るのは愚の骨頂である。
まず「歯を研ぐ」。それから木を切る。すなわち仕事を始める、のだ。

のんびりモードに浸るのではなく、バリバリ仕事をもっとしよう、と
代々木に引っ越してきて数週間。
僕はかつて行っていたルーティンを3つ共に復活させている。
今のところ、成果は上々。

仕事時間を増やさずに成果を増やすにはこれしかない、と僕は思う。
さあ、明日も「刃を研ぐ」ことから始めよう。
仕事は、その後、だ。



編集後記

4つ目のルーティンを挙げるなら。僕は趣味の充実をあげてみたい。
何でもいい。心から楽しめる趣味を同じくルーティンにするのです。

僕の場合で言えば、映画を観ること。小説を読むこと。そして、
うまくはないがギターを弾くこと。これらが脳を心地よく刺激して
くれ、仕事の疲れを癒やしてくれるのです。

ということで。
前から欲しくて仕方がなかった、憧れのアコースティックギターを
買いに出かけます。渋谷の楽器店までバスで5~6分。
これぞ、都会生活の醍醐味です。

そして、夜はギターを弾きながら唄を歌って、小説を読んでから
眠りにつこうと思います。あー、楽しみ、楽しみ。また、明日の仕事
の生産性が上がっちゃうな♪

では、また次回をお楽しみに!

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小倉広メルマガvol.358 「おせちもいいけど、カレーもね!」


vol.358 『おせちもいいけど、カレーもね!』 



「おせちもいいけど、カレーもね!」

50歳以上の方なら誰でも知っている、昭和の名作コピーである。
さて、皆さんはお正月、どんな食事を楽しまれただろうか。

例年は、近所の割烹や寿司屋などに頼んでおせちを楽しんで
いた我が家だが、今年は引越でおせちまでは手が回らず。
結果、近所のスーパーで仕入れた「それっぽい」食材を並べて、
お茶をにごした。お造りとか、鴨焼きとか、そんなものだ。

二日の朝は、あり合わせで、僕が雑煮を作った。新潟風。
鶏ガラ出汁に大根、ニンジン、サトイモ、鶏肉。本当は仕上げ
にイクラを載せるのが新潟流だけれども、買うのを忘れて省略
した。

そして、昼である。僕たちは早くもお正月料理に飽きて、
近所で開いている飲食店を探した。幸い、中華料理屋さんが
開いていたので、新年のご挨拶をしてから、注文をした。

「餃子とビール、そして焼きそば、御願いします」

熱々の餃子が湯気を立てて届く。
あー。うんまい。

たまらないおいしさだ。

で、思う。

ご馳走もありがたいけど。カレーとかラーメンとか。
毎日食べている日常の料理が一番おいしい、のかも。
食事だけではない。
豪華なホテルでの宿泊も(あまり泊まらないが)、
エキゾチックな海外旅行も(あまり行かないが)、
ゴージャスなレストランも(あまり行かないが)
・・・・・・。
やっぱり
「おせちもいいけど、カレーもね!」

そして、旅先から家に帰って、みんながクチにする一言。
「やっぱり、お家が一番!」
なのではなかろうか。

仮に、残された命があと三日だとして、
ゴージャスな海外旅行やグルメなレストランに行きたい、
と願う人がどれだけ居るだろうか。
おそらく、ほとんどの人は、家族と家でゆっくり過ごしたい、
と思うに違いない。もちろん、僕だって。

そう考えると。

退屈なようで、何気ない、この毎日が、とってもありがたい
ことだと気づかされる。

お正月に近所の中華料理屋さんで餃子を食べながら、
そんなことを思った。




編集後記

引越をして改めて思ったこと。
それは、僕は人間臭い町が好きなんだなぁ、ということです。

商店街のラーメン屋さんとか、地元密着のスーパーとか、
近所の犬の散歩友だちさんとか。

そこのマスターやそこで出会った人たちと、どうも! なんて
言いながら、道を通り過ぎる。それがとっても楽しいのです。

年末に引っ越して来てから、既に、ほぼすべてのご近所の飲食店
を制覇!しました。これからはリピート、に入ります。

ご飯も好き。おっちゃん、おばちゃんとの交流も好き。
今年もたくさんの人と触れあって行きたいなぁ。

では、次回もお楽しみに!


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代表 小倉 広

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小倉広メルマガvol.357 「サヨナラ鎌倉。ただいま東京」


vol.357 『サヨナラ鎌倉。ただいま東京』 



4年半の鎌倉生活を終えて、年末に引っ越した。
かつて住んでいた代々木公園近く。
海と山に囲まれた鎌倉から、都心の生活へ、逆戻りである。

年末年始に会った友人にそう告げると、みんな目を丸くした。
「え、ええ~!?」
そりゃ、そうだろう。何より、僕がいちばん驚いているのだから。

つい2ヶ月前までは、僕は一生、鎌倉に住むつもりでいた。
海と山、そして文化と歴史ある鎌倉の街が大好きだったからだ。
さらには、こだわって建てたばかりの新しい家もあって、
この生活が大のお気に入りだった。

しかし、変化は突然訪れる。
神のお告げならぬ、カミさんのお告げ、というやつである。

「ねえ、本当に今のままでいいの?
 最近は、まるで隠居のおじいちゃんになったみたい・・・・・・
 表参道に住んでいた時の方が、ずっと活き活き輝いていたよ。
 ねぇ、東京へ戻ろうよ」

僕は驚き、そして怒り出した。
何を勝手なことを言い出すのだ。僕の気持ちを無視するな、と。

しかし、どこかで本当はわかっていた。
カミさんも、本当は鎌倉暮らしを気に入っていたことを。
しかし、ノホホンとしている僕を見て、それが辛かったのだ。
カミさんは勝手を言っているのではなく、僕のことを思ってくれているのだ、と。

そういえば、以前、鎌倉へ打合せに訪れた税理士の先生がポツリと言った。
「環境が良すぎて、仕事をやる気がなくなってしまいますねぇ」。

本来、これはオンとオフ、メリハリに満ちた理想の生活をもたらすはずである。
しかし、僕にとっては、オフとオフ。メリメリ、となってしまっていたようだ。

もしも、僕が9時~5時はオフィスで同僚たちと忙しく働いていたとしたら、
鎌倉暮らしは最高のメリハリとなっただろう。
しかし、僕の場合は、そうではない。
朝から晩まで、家で仕事をする僕は、良い影響を受けすぎるほどに受けてしまったようなのだ。

そんな時に、読書会・人間塾にて、ある本に出会うこととなる。
「先生、日本ってすごいね」

そこで、国のため、世界のために、命を削って力を尽くした先達の物語を読んだ。
単純な僕は思った。
「そうだ。命を使おう。使命を果たすのだ」と。
⇒小倉広メルマガvol.349 「命を使う、と書いて『使命』と読む」
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こうして、僕は、今、東京のど真ん中にいる。
神様ならぬカミさんと話し始めてから、わずか2ヶ月後のことだ。

引っ越して、ちょうど二週間。
さて、僕は変わったのだろうか。

カミさんは言った。
「なんだか、活き活きとしているね」
一月ぶりに合った友人は言った。
「引き締まった表情をしているね」

僕は、まだ、何も成し遂げてはいない。

あと18年。70歳になるまでは、仕事を通じて、全力で命を使おう。
そして、70歳になったなら・・・・・・。
きっと、僕はまた鎌倉に戻って来るだろう。
その時は、思う存分、鎌倉の海と緑を満喫することにしよう。

それまでの間・・・・・・は。
僕のものではない。
神様からお預かりしているこのわずかばかりの能力と体を使って。
例え小さなことでもいい。
僕にしかできないこと、僕がすべきことをやっていこう。
そう思った、新年だった。




編集後記

新年あけましておめでとうございます。
年賀状を廃止しているため、皆様へは本メルマガ今年初めてのご挨拶となります。
昨年は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。

また、年末のドタバタした引越のため、お世話になった鎌倉の方々に十分な御礼
を申しあげる暇もなく東京へ移って参りました。ご挨拶できなかった皆様にこの場
を借りて御礼を申しあげます。本当にありがとうございました。

さて。。。
久しぶりの東京では、夜中の2時、3時まで開いている店がたくさんあります。
僕はまるで田舎者のように目を白黒させ、ちょっとワクワクしているのです。

もっとも、夜の10時には睡魔に勝てずベッドに潜り込んでしまうので、
あまり関係ないのかもしれませんが。。。

僕にとっては、落ち着きホルモンのセロトニンだけでなく、
様々な人に囲まれて過ごすことで、アドレナリンやオキシトシン、
ドーパミンを適度に分泌させている方が、どうやら、自分らしくあれるようです。

時にはイラッとしたり、人間関係が面倒くさかったり、理解できない人に囲まれ
たり。そんなことがきっと、僕の活動には役に立つのだと思います。

さて、今から、学生時代の友人と呑みに出かけます。
大笑いしたり、懐かしがったり、プラスやマイナスの感情がたくさん動くことでしょう。
それが、とても大事なのです。
明日の仕事に差し支えぬ範囲で存分に楽しんできたいと思います。

では、次回もお楽しみに!


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小倉広メルマガvol.356 「それぞれみんな意味がある」


vol.356 『それぞれみんな意味がある』 



諸法実相という仏教の言葉が好きだ。

簡単に言うならば
「あらゆる者は、あるがままですべて真実であり、正しい」
そんな意味だ。

宗教学者のひろさちやさんが「般若心経入門」の中で、
こんなエピソードが紹介されていたのを覚えている。

良寛さんが五合庵というあばら家に住んでいる時に
泥棒が入った。

しかし、盗むものが何一つない。
困った泥棒は、眠っている良寛さんがかけている布団を
引きはがして盗もうとした。

すると、良寛さんは、本当は目が覚めて気づいているのに、
眠っているふりをして、布団を盗ませてあげた、という話だ。

それが、禅僧である良寛和尚の諸方実相、あるがまま、だというのだ。

それを読んだ僕は思った。

「僕には無理だ!諸法実相なんて、できっこない」と。

しかし、続けて読んでみると、僕の理解が浅かったことがわかった。

「僕には無理だ!」

それもまた、諸法実相だというのだ。

良寛さんは禅僧だから、泥棒が盗みを働くことを許す。
それが「禅僧」としての諸方実相だ。

では、泥棒はどうかというと、
泥棒にとっては「盗む」ことが諸法実相となる。

では、警察は?
そう。泥棒を追いかけて逮捕することこそが諸法実相となる。

全員が全員、良寛さんのようになったら、世界は回らない。

泥棒は泥棒の。警察は警察の。
それぞれがお役目を果たせばこそ、世界は回っている。

なんだっていい。全部、意味がある。
味噌もくそも一緒。それが諸法実相だ、と言うのだ。

そう、考えると。

会社で嫌みばかり言っている数字に細かい経理部長も。

がみがみ叱ってばかりいる社長も。

勢いだけで考えの浅い営業部長も。

めそめそ弱音を吐いているダメ社員も。

お節介ばかり焼く口うるさいお局様も。

みんな、みんな、意味がある。
彼らがいるからこそ、ウマくいっている。
全員が役割を果たす諸方実相なのかもしれない。

そんな視点で会社や家庭を見回してみると、
少し景色は違って見えてくるかもしれない。

憎らしいあいつが、本当に意味があるかどうかは、
神様にしかわからない。

でも、意味がある。諸方実相だと思った方が、きっと、
対人関係も仕事も家庭もうまくいく。

なら、そんなファンタジー、フィクションを採用するのも悪くない。

憎らしいあいつも、こいつも、みんな意味がある。
そんな風に思って暮らしたいと思う。年末、師走でありました。

小倉広事務所は本日をもって仕事納めとさせていただきます。
本年も大変お世話になりました。皆様、良いお年をお迎えください。



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