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小倉広メルマガvol.341「相手に話す順番を譲る」


vol.341 『相手に話す順番を譲る』 
出典:何をやってもうまくいかないあなたがたった1分で自分を変える100の方法



あるセミナーに参加したときのこと。
参加者でいくつかのグループをつくり、
グループ単位でディスカッションをすることになりました。
私のグループは積極的な人が集まったのか、
「よろしくお願いします」と互いに挨拶しているときから、
皆さんが話したそうにうずうずしているのがわかりました。
案の定、ディスカッションがスタートしたとたん、
次々に熱い意見が交わされました。

ディスカッション中、私は聞き役に回って皆さんの話を聞いていました。
ある人はほかの人の話を全く聞かずに、「私はですね……」と
自分の話ばかりをし続けていました。
私はその人の話を聞きながら、
「以前の自分もこんな感じだったのだろうな」と、
自分ばかりが話していた過去を思い出していました。

数年前まで、私は、「話すこと」が礼儀だと思っていました。
あまり発言しない人やおとなしい人は、
黙って聞いているのが好きなのだろう。
その人たちのために自分が代わりに話してあげよう。そう思っていたのです。
また、面白い話や相手のためになりそうな話があれば、
出し惜しみをしてはいけない。
話すことは相手へのプレゼン卜になるのだからとも考えていました。

しかしあるとき、「話すこと」ではなく「聞くこと」が礼儀であり、
相手に対するプレゼントになること。
そして、あまり発言しない人やおとなしい人こそ、
実は話を聞いてもらいたがっているということに気づいたのです。
それは私にとって、大きなパラダイム転換でした。

それからは、相手が話したがっているなと思ったときや、
誰もが話せるような話題のときは、話す順番を譲っています。
前述のセミナーでも、話題があらかた出尽くして話が詰まってきたときに、
私は初めて発言をしました。

私にとって相手に話す順番を譲ることは、過去の罪滅ぼしです。
相手の話に耳を傾けて罪滅ぼしをしていくことで、
少しずつ自信を手に入れてるのです。

小倉広メルマガvol.340 上司とソリが合わないと「干される」


vol.340 『上司とソリが合わないと「干される」』 
出典:任せてもらう技術



◎部下は上司を選べない

リクルート時代、僕にはもう1人、苦手な上司がいた。
苦手というより、はっきりいえば嫌いだった。
仮に名前を根本さんとしておこう。
当時の僕の目から見れば、
根本さんは、部下に仕事を放り投げておいて、
自分は何の指示もフォローもしてくれない人だった。

僕が相談や確認をしたくても、そもそも会社のデスクにいることが少なく、
連絡を入れても返事はない。
それなのに、企画提出の締め切り間際になると突然あらわれて、
「こんなものは使えない」といい出すのだ。
僕も生意気だったので、
「打ち合わせをしたくても、根本さんは会社にいないじゃないですか」
といい返したこともある。
しかし、向こうはそんなことにはおかまいなし。
「席にいなくても、なんとかしてオレをつかまえればいいだろう」
と居直る始末だった。

こんなやりとりを繰り返すうち、僕はどんどん根本さんを嫌いになり、
なおさらホウレンソウもしなくなった。すると向こうもイライラして、
いっそう僕に強く当たるようになった。
こうして、お互いがお互いを嫌うという、
完全な悪循環ができあがってしまったのだ。

こうなると当然ながら、根本さんは僕に仕事を任せなくなる。
あからさまに仕事を取り上げるようなことはなかったものの、
重要な仕事、楽しそうな仕事はほかのメンバーが担当するようになっていった。
僕は「干されて」しまったのだ。

これほどひどくはなくても、
上司とソリが合わないと感じている人はたくさんいるだろう。

上司も部下も人間だから、好き嫌いがあるのは仕方がない。
ただし残念ながら、会社に属するサラリーマンは、
上司を選ぶことはできない。
いくら嫌いでも、明らかに上司のほうに非があったとしても、だ。

◎人間性ではなく、立場を敬うんだ

では、そんな場合、部下はどうすればよいのだろうか。
さまざまな上司の下で働いて、悩んだ末に僕が出した結論は、
「どんな上司でも、部下はそれを受け入れるしかない」ということだ。

僕が尊敬する教育者であり、哲学者である森信三先生は、
著作のなかで「人ではなく、立場を敬いなさい」と説いている。
森先生のいわんとするところはこうだ。

「この社会は秩序の世界であり、秩序は必ず上下関係によって
成り立っている。ただし、この上下は、その者の人間性によって
決まる訳ではない。多くの場合は、学歴や年齢といった
社会的な約束によって決まる。そこでいちいち、
“人間性が豊かだから尊敬する”
“人間性に乏しいから尊敬しない”といっていては、
社会の秩序を保つのは難しくなる。

この社会に生きる人聞がとるべき真の道は、相手の人物像にかかわらず、
その人の立場や地位に対して相応の敬意を払うことだ。

たとえ上位者が凡庸な人間だからといって、
その相手を軽んじるような人は、自分こそがその上位者よりも 劣った人間であるといわざるをえない……」

これを読んだときに、僕は目からウロコが落ちた気がした。

その人自身ではなく、その人の立場を敬う。
そんな考え方もあるのか……、と。

たしかに、「何であんな人の下に配属されたんだろう」と
愚痴や不満をいったところで、自分には何の得にもなりはしない。
それが原因で仕事へのやる気を失ったり、手を抜くようになったら、
それこそ「任せてもらえない人」への道をまっしぐらに進むことになる。

ソリの合わない上司本人を尊敬する必要はない。
ただし、「あの人は性格が悪い」と騒ぎ立てていては、
自分だってその上司と同類だ。

人間的には尊敬できないとしても、上司の立場を尊重して、
相手を立ててあげられる自分。そのほうが、社会人としてカッコいい。
人間としての格も高くなる、とは思わないだろうか。

ぜひキミには、そんな考え方にチャレンジしてほしい。
任せてもらえる部下になるために、ね。

小倉広メルマガvol.339 ワガママな青虫を育てよ


vol.339 『ワガママな青虫を育てよ』 
出典:とにかくすぐに「稼げて・動けて・考えられる」社員のつくり方



◎みにくい青虫が美しい蝶になる

高校野球甲子園大会優勝の常連、松坂大輔を生んだ
名門・横浜高校の渡辺元智監督は、選手に対する深い愛情を持ち、
人間教育をすることで有名です。しかし、この仏様のような渡辺監督。
彼が若かりし頃は、生徒に鉄拳制裁を行い、
奥さんを飯炊き女のように扱う修羅の鬼だったことは、
あまり知られていません。あの渡辺監督でさえも、周囲に迷惑をかけながら、
甲子園優勝だけをがむしゃらに目指していた「ワガママな時代」
があったのです。

美しい蝶は最初から蝶として生まれてきたわけではありません。
むしゃむしゃと自分が食べたいだけ葉っぱを食べ、
植物に迷惑をかけるワガママなみにくい青虫の時代が必ずある。
そして、好きなだけワガママをした、
みにくい青虫がやがてさなぎを経て蝶になる。

すると蝶は、その美しい羽で優雅に舞い、人々の目を楽しませる。
さらには花の蜜を吸うだけでなく、おしべの花粉をめしべに運び、
花の受粉を手伝っている。つまり、優雅に美しさを振りまきながら、
かつ植物を助ける「利他の心」を発揮できるようになるのです。

◎ワガママで自分勝手な青虫こそが必要

渡辺監督も同じです。自分勝手にむしゃむしゃと葉っぱを食べ尽くす
青虫の時代を通り抜けで蝶になった。
いや、ワガママな青虫だったからこそ、蝶になれた。
渡辺監督はがむしゃらに勝利に向かって死にもの狂いで頑張っていた。
だからこそ、周囲は彼のワガママを許し、彼を助けた。
そして、彼は自ら望んでいた勝利を手に入れた時に初めて、
周囲の協力という存在に気がつくのです。

「オレは自分の力だけで勝利を手にしたんじゃなかったのか。
これだけの人に助けられ、これだけの人を犠牲にしながら勝利を手にした。
これからはご恩返しをしなくてはならない」。
そう気づいた時に本物の蝶になれるのです。

これこそがリーダーを育てる、「分身」を育てるステップです。
最初から蝶をつくろうとしてはいけない。
まずは、あえて、ワガママな青虫を育てるのです。
そして、むしゃむしゃと葉っぱを好きなだけ食べさせる。
営業マンであれば自分の売上数字を、
技術者であればいい製品やシステムつくりを。
多少なりとも周囲に迷惑をかけたり、個人プレーがあったりしても。
まずは勝利に向かってがむしゃらに走る人をつくること。
それが「稼げる社員」をつくるために絶対に必要なステップです。

最初からバランス感覚のとれた人や「利他の心」を大切にする蝶を
つくろうとしてはいけません。まずは、あえて青虫を育てる。
そんな組織づくり、人づくりをしていくことが肝心なのです。

◎小さな蝶を採用してはいけない

かつて我が社では青虫を排除し、小さな蝶を採用し
育てようとした時期がありました。「リーダーを育てる」。
それを事業の根幹としている以上は、
我が社の社員は全員リーダーでなくてはならない。
そう考え、青虫ではなく蝶を採用し、
すぐに蝶に育てようとしてしまったのです。つまりは青虫を排除した。
青虫の段階を許さずに、
すぐに「利他の心」を持つ蝶を育成しようとしたのです。

これを「厳しさ」が根付く前にやってしまった。
さらには、企業の成長に合わせて人員を大量採用してしまった。
その後に起きたのは、見事なまでの水ぶくれと、
組織に蔓延する「甘ちゃん」の風土でした。

入社する前に我が社が大切にする「利他の心」や
「助け合い」の精神に共感した彼らは、
自らのやるべきことをやり切る前に他人を助けるようになりました。
そして、優しさを発揮する蝶になるために、
「厳しく」相手や部下に求めることをしなくなっていきました。

やるべきことをやり切る前に、青虫になる前に、いきなり蝶を目指した。
その結末は悲惨でした。業績の急降下。
そして、あわててハンドルをもとに戻したことによる社員たちの混乱。
それらの中で改めてセオリーを守ることの大切さに深く気づいて
いったのです。

青虫を採る。青虫を育てる。そして「厳しさ」の土台を築く。
まずはそこから始めようではありませんか。
青虫同士が起こすトラブルや摩擦は、リーダーが後始末をすればいいのです。
一番困るのはトラブルや摩擦ではない。
全員がきれいな服をきておしとやかに歩く。
蝶ちょだらけの儲からない会社です。順番を間違えてはならないのです。

小倉広メルマガvol.338 小善は大悪に似たり 、大善は非情に似たり


vol.338 『小善は大悪に似たり 、大善は非情に似たり』 
出典:折れない自分のつくり方



◎さまざまな角度から 多面思考をする

メンバーのために最善だと思った決定が、理解されずに反感を買ったり、
相手のためによかれと思った行動が、
受け入れられずに拒絶されたりすることがある。
これは、リーダーが成長し、自分軸をつくり上げる過程で
必ず直面する壁だと言っていい。私はこの壁に何度もぶち当たっている。
そして、そのたびに軸が揺れ、心が揺れ、後戻りした。

リーダーが嫌われることを恐れないためには、
ものごとを時間的、空間的に広い視点でとらえる必要がある。
これはまた、自分軸を正しく確立するためにも必要なことだ。
時間的とは、真意が伝わるまでにタイムラグ、時間差があるケースのこと。
若い頃はわからなくても、年月を経て成熟するにつれて
理解してもらえることがある。

空間的とは、人や立場、とらえる角度によって善し悪しが変化するケースだ。
自分にとって良いことでも家族のためにならなかったり、
メンバーの山本課長個人の成長にはなるけれど、
部署全体で考えたらマイナスが大きかったり。
ある人には善でも、別の誰かには悪となるような場合のことだ。

一義的に見ているだけでは、正解を出す確率は上がらない。
正解だと思い込んでも裏目に出てしまうことがある。
相手のために、利他の心で判断を下しても、
別の角度から見たら答えが違ってくることもある。

だからこそリーダーは、時間的、空間的にあらゆる視点から検証し、
判断しなければならない。

リーダーの選択は、一筋縄ではいかないのだ。

◎非情なほどの厳しさが善になる

リーダーの選択は、一筋縄ではいかないだけではなく、時として厳しい。
メンバーの成長を思い、
千尋の谷に突き落とすようなこともしなければならないときがある。
恨みを買う。嫌われる。陰でボロクソに言われることもあるだろう。

そこでまた、揺れる。軸がぐらつく。だが、悩んで当たり前。
迷って当たり前なのだ。

あの京セラの創業者でJAL再建を牽引した稲盛和夫名誉会長(現)でさえ、
メンバーを叱責したあとは繰り返し自問したと言う。
普段、世のため人のためを説き、仏のような話をしている自分が、
真っ赤な顔でメンバーを叱りつけている。
自分は仏からほど遠い鬼になってはいまいか。
本当にこれが正しいことなのか、と。

その稲盛名誉会長がさまざまな場面で語られている言葉がある。

『小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり』

小善とは目先のいいこと。メンバーにとって優しく、
何があっても叱らずにニコニコとしているリーダーは小善、
つまりちっぽけな善だ。それは結果として大きな悪になる。

大善は真にいいこと。メンバーのためになること。
メンバーを思って行動するリーダーが大善だ。
それはえてして非情に見える。そんな解釈のできる仏教の教えである。

本当の意味での善行やメンバーの成長につながる決断は、
誤解されたり、拒絶されたり、非情に思われたりすることがある。
人から冷たい人間だと思われることもある。
だが、リーダーはそれでも決断しなければならない。
目先の優しさに逃げて小善となってはいけない。
人にどう思われようとも、大善を求めなければいけない。

◎繰り返し自問自答する

自分軸を確固たるものに積み上げ、成長する過程にはもうひとつ、
陥りやすい罠がある。それは、利他の心、世のため人のためを
「言い訳」に使ってしまうことだ。

人間は大義があれば行動する。だから大義をつくり出す。
結論ありきで大義をつけ足すことがあるのだ。

以前取引のあった、あるメーカーの話だ。
その会社の名前を仮にA社としよう。
A社は自動車関連部品を製造販売するベンチャー企業として
著しい成長を遂げていた。
そのA社が、期末になると毎年、高額のリベートを支払うことで
在庫商品を過剰に卸問屋に買い取ってもらうことを繰り返していたのだ。
そして、期が変わると、それを再び買い戻す。
何のことはない、見かけ上の売り上げを膨らませていたのである。

私はその会社の社長が次のように語るのを実際に耳にした。
「これは正しいことなのだ。我が社にとって必要なことなのだ。
一時的にでも問屋に大量の商品が入ることで、
彼らはがんばって在庫を売ろうとする。
だから我が社の商品の売り上げが伸びる。
我々が作った優良な商品がより多くのユーザーに届く。
多くの人に喜んでもらえる。悪いことやごまかしではない。
意味のあることなのだ」

社長の目には一点の曇りもなかった。その声に後ろめたさも感じられない。
おそらく自分でも信じ込んでいるのだろう、この詭弁を。
自分のついた嘘に自分自身が取り込まれてしまっているのだ。

世のためと言いながら、利他と言いながら、
私たちはぬけぬけと嘘をついてしまうことがある。
都合のいい大義を作り上げ、言い訳してしまうことがある。
だからリーダーは、自分でチェックするしかない。
稲盛名誉会長のように自問自答を繰り返すしかないのだ。

リーダーは裸の王様になりやすい。だが、真実を語ってくれる子供は、
待っていても現れないのである。

小倉広メルマガvol.337 過去を悔やんでも、自分を傷つけるだけ


vol.337 『過去を悔やんでも、自分を傷つけるだけ』 
出典:35歳からの生き方の教科書



過去に関するものはすべて心記する意味がない。
例えば、過去の仕事の失敗、恋人・友人との人間関係の失敗、
誤って買った高額な買い物やムダに費やした時間など。
過去は誰にも変えることができない。

変えることのできないことを心配するのは、まったくもって意味がない。
そうは言っても過去への後悔の念は
波のように繰り返しやってくるものだ。
そういうときにはどうすればいいのだろうか。
簡単なことだ。
考えるのを途中でやめればいい。

僕は、過去の後悔が頭の中に浮かんできたな、
と気づいた瞬間に立ち止まって、
一人声に出してこうつぶやくようにしている。
「ストップ! ストップ!」と。

そして、意識的に考えを別なことへと切り替えるのである。
最初のころはこれがなかなかできなかった。
気がつくと無意識のうちに過去の心配をしているのである。
ハッと気づけば延々30分も考え込んでいたこともあった。

しかし、そこで落ち込んでしまってはいけない。
30分ムダにしてしまったこともすでに過去の失敗だ。
そこで落ち込んでしまうことは、
二重の意味で過去にとらわれてしまうことになる。
すぐに頭を切り替えて、別なことを考えればいいだけのことだ。
落ち込んでしまう必要はない。

人は過去を悔やむことを通じて、
自分を罰し、神に許しを求めることがある。
そうでもしないと心にふんぎりがつかないことがある。
しかし、それは一度だけで十分だ。

何度も何度も自分を傷つける必要はどこにもない。
それよりは、
前を向いて二度と同じ間違いをしないように努力すればいいだけだ。
たくさんのやっかいが待ち受ける35歳からの僕たちに
間違いはつきものだ。
だから、自分を傷つけるよりも先に
自分を許してあげることが必要なのだと僕は思う。

小倉広メルマガvol.336 正のサイクルでコミュニケーションを回す


vol.336 『正のサイクルでコミュニケーションを回す』 
出典:リーダーのための7つのステップ 49のコツ



◎必要があれば話し合う、ではダメ

私は、20代の多くを企画関係の仕事をして過ごしました。
事業企画室、編集部、組織人事コンサルテイング室。
常に複数のプロジェクトを抱え、同時進行で動かしていました。
そこで学んだのは、「必要があれば話し合う」のはダメだということ。

必要があってもなくても、
まず最初に話し合いを定例化すべきだということです。

たとえば、新商品開発プロジェクトが立ち上がったとします。
メンバーが顔を合わせた時に最初にやるのは、
毎週何曜日の何時に集まるのか、という
「コミュニケーションのプラットフォーム」をつくることです。

何をすべきか、どう分担すべきか、の前に、
コミュニケーションの場をつくる。
今から考えても、それは正しい進め方だと思います。

「必要に応じて話す」のではなく
「話し合いの場に合わせてやるべきことをつくる」。
これは、「コミュニケーションのしくみ化」に他なりません。
この視点でコミュニケーションを見てみると、
やるべきことがたくさん見えてくるのです。

◎1日1回、週1回、月1回

営業であれ技術者であれ、
チームのリーダーはメンバーと定期的にコミュニケーションを
取らなくてはなりません。
私はこれを、「1日1回、週1回、月1回」と呼んでいます。
1日1回は必ずメンバーと対面、もしくは電話で話をする。
そして業務日報を書いてもらい、週1回は面談をします。

1週間もあればメンバーの業務、あるいは心理状態に
何らかの問題が発生しているものです。それが大きくならないうちに、
問題を小さな芽の段階で摘んでおくのです。
そのためには対面のコミュニケーションが欠かせません。

そして、月1回はチーム全員で顔を合わせる。
そこで月次業績の共有をし、次月の方針を共有します。

1日1回、週1回、月1回。
これが、代表的なコミュニケーションのしくみ化なのです。

◎定例的なコミュニケーションを優先する
ところが、多くのリーダーはコミュニケーションの定例化を継続できません。
「今週は忙しかったから……」「急な仕事が入ったから……」などと
自分に言い訳をして、面談やミーティングを後送りにするのです。

するとどうなるか。
問題を芽の段階で摘むことができず、どんどんと問題を大きくしてしまう。
そしてそれに気づかないのです。やがて問題は現場で爆発し、
トラブルやクレームが発生します。
あなたは現場で応急処置に走り回ることになるでしょう。
そしてますますメンバーとの定例コミュニケーションの時間が取れなくなる。
見事なまでの負のサイクルに陥るのです。

そうならないために、コミュニケーションのしくみ化を優先しなくては
なりません。負のサイクルではなく、正のサイクルを確立するのが
強いチームのリーダーなのです。

小倉広メルマガvol.335 「選ばせる、決めさせる」と伝わる。


vol.335 『「選ばせる、決めさせる」と伝わる。』 
出典:なぜ、上司の話の7割は伝わらないのか



部下が「私はこうしたい」「この商品をこうして売ったほうがいいと思う」と
語り、ふと会社の経営方針を見た時に、
「何だ、うちの会社の経営方針って僕が思っていたことと一緒じゃないか」
と思ったら。
それは極めてよい錯覚です。
そんなよい錯覚を部下にしてもらうために、上司は部下に選ばせて、
決めさせましょう。
部下に選ばせ、決めさせて、自己決定感を持たせると、
部下のやる気や情熱を引き出すことができるのです。

◎自己決定感がコミットを生む

「参加なくして決意なし」という言葉があります。
人は自分で参加していないと決意できない、という意味です。
逆に人は、参加し自分で決めたことに関しては決意ができます。

そして、自分で決めたという自己決定感が
「コミット(コミットメント)」を生むのです。
コミットを日本語に訳すのは難しいのですが、
「絶対にやるぞ」という強い覚悟を持ったやる気であり、
取り組みのことです。

上司の話を部下に伝え、部下にコミットを持って仕事に
取り組んでもらうためには、
上司が部下自身に「決めさせる」ことが大切です。

「目標管理」という有名な言葉があります。
現代経営学の父と呼ばれるピーター・F・ドラッカーが提唱したもので、
一般的には「MBO」と略されますが、「Management by Objectives」が
本来の言葉であるととらえられています。ところがこれは、実は誤りです。
正しくは「Management by Objectives and Self-Control」で、
「MBOAS」なのです。

もともとドラッカーが主張していたのは、
一般的には省かれてしまっている「セルフコントロール」が重要であり、
自分で決めて自分で実行するから達成できるのだ、ということです。
その「自分で決めて」の「アンド セルフコントロール」が
抜け落ちて世の中に伝わっているため、
勘違いした上司が勝手に目標を決めてそれを部下に押し付けて
「目標管理」としているのです。
そうではなく、上司は部下に自分で目標を決めさせること。
そうすると、部下に情熱ややる気が生まれるのです。

◎錯覚でもいい

上司が演出し、錯覚させて部下に自己決定感を持たせることは、
部下のやる気や情熱を引き出すために非常に重要なことです。
そもそも世の中というのは壮大な思い込みや錯覚で成り立っています。
その壮大な思い込みを部下に気持ちよくさせてあげるのが、
上司の重要な仕事の1つだと、私は思います。

部下によい錯覚をしてもらうためには、
上司がたどった思考回路を部下にも歩ませて、
そして、あえて迷わせることです。
たとえば部下が、仕事でどの方法を取るべきか悩んでいたとしましょう。
その時、上司は「Aが正しい」と知っていますが、
部下には「オレも一緒に考えるから、まずは自分で考えてみて」と言います。
そこで部下が「Bがいいと思います」と言ったら、
上司は「そうかBか。なるほどね」とまずは「受けとめ」ます。

そして、こう質問をするのです。
「でも、Bだとこういう問題点が出てくると思うけど、
これについてはどう思う?」。
そうすると部下は、「そうですね……。じゃあBじゃないな。B’だと思います」
と言います。
さらに上司は「なるほど、そのほうがよさそうだね。
でも、それならダッシュの部分を強くしたらもっとよくなるんじゃない?」
と言います。
すると部下は「あ、確かにそうですね」とまた考えます。

こうして一つ一つ、部下の言う内容に、
上司が「こんな問題があると思う」
「こうしたらもっとよくなるかもしれない」と言い、
部下と一緒に考えます。

するとそのうちに部下が「これはAしかありませんよ」と言いだします。
そこで上司は「それは全くオレの考えと一緒だよ。おまえはすごいなあ」
と言う。
これが部下にいい意味での錯覚を起こさせるlつのやり方です。

上司も1人で考えていた時は、
「Aだ」とすぐにわかったわけではありません。
他のB案やC案も考えて、
最終的に「Aだ」と導き出したわけです。
部下はそんな上司より経験が少ないので当然、
BかなCかなと道に迷います。
その際、上司はあえて部下を道に迷わせてあげましょう。
そして「そっちに行くと危ないかもしれないよ」
「こっちは崖だよ」
と上司が情報提供してあげると、部下は上司がたどった道をたどり、
そのうちに自分でAを見つけるのです。

正直、これはたいへん面倒なことであり、
上司は辛抱強くなければできません。
しかし、
部下に上司自身がたどった道を意図的に歩かせ、迷わせ、壁に当たらせ、
走らせることで、部下は自分で見つけた、自分で決めたと
自己決定感を持ちます。
そして、部下には情熱や、やる気が湧き上がるのです。

◎GROWモデル

「GROWモデル」はコーチングなどでよく使う略語です。
「G」はGOAL(ゴール)、「目標」です。
「R」はREALITY (リアリティ)で「現状」と、
それからRESOURCE (リソース)「資源」です。
そして「0」がOPTION(オプション)、「選択肢」です。
これは「戦略」と訳すこともあります。
そして、最後の「W」はWILL (ウィル)で、「意志」です。

GROWモデルは、目標を定めてそれに向けて
やる気を引き出すためのステップです。
たとえば、ダイエットを例に挙げましょう。
現状70キロの人が60キロに体重を落としたいと思っていたとしましょう。
ゴールが60キロで、現状は70キロ。
そこで60キロという目標を達成するためのリソース(資源)を考えます。
リソースは、お金や時間、道具などです。
たとえば、月1万円なら払えるな、朝1時間ならなんとか使えるな、
と考えていきます。

次にそのリソースを使ってオプション、戦略を考えます。
たとえば、月1万円使ってジムに通おうか、
朝1時間使ってランニングをしようか、などです。
さまざまな戦略を考え、そのうちのどれでやるのかを決め、
その決めたことに対しウィル、最終決意をする、というステップです。

GROWモデルは部下のやる気を引き出す時にも有効です。
しかし、この時に多くの上司がやりがちなのは、
GROWモデルの「GRO」を全部自分が1人でやってしまうことです。
たとえば先ほどのダイエットの話であれば、
上司は部下に、次のように言います。

「おまえの目標体重は60キロだ」
「今70キロあるからあと10キロ減らさないといけない」
「そこでおまえがやるべきオプションは野菜を食べること」
「つべこべ言わずに野菜を食べるんだ、いいな」
「どうだ、やる気になったか?」と。
上司がGROを全部やり、部下にWILLだけを迫るわけです。
これでは部下がやる気になるはずはありません。

部下のやる気や情熱を引き出すためには、部下にGROを自分で選ばせて、
決めさせなければなりません。
それを上司は支援する。
それが、話が伝わる上司のスタンスなのです。

小倉広メルマガvol.334 知ったかぶりをする人は、自分を認められていない。


vol.334 『知ったかぶりをする人は、自分を認められていない。』 
出典:成長する人は知っている28の小さなきっかけ



「孔子もこうおっしゃっています。ゴウキボクトツジンニチカシ、とね。
小倉先生もご存知とは思いますが」
セミナー講師の大先輩はそう言ってにっこりと笑いました。
私はあわてて顔を引きつらせながら、そ……、そうですよね、
と相づちを打ち苦笑いを返しました。

しかし、心の中では「?」が並んでいた。
「ゴウキボクトツって何だ? どんな漢字を書くんだろう?」。
つまり私は知らないくせに、知ったかぶりをしてしまったのです。

その後、私は猛烈に自分が恥ずかしくなってきました。
なぜ素直に「知りません」と言えなかったのだろう?
知らないことが恥ずかしかったのだろうか?
孔子の言葉をそらんじて言えなくてはならない、という強迫観念でも
あったのでしょうか。
私はその後、ずっともやもやとした気持ちを抱えたままで
一日を過ごしました。

ある日、今度は、それと逆の立場を経験する機会がありました。
友人数名と食事をしていたときのことです。私の悪い癖ではあるのですが、
会話の途中で、偉人の言葉を引用して得意ぶってしまったのです。

「……。一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ、ただ一燈を頼め』。
佐藤一斎先生の言う通りだよね」。
言い終わったときに、少し得意げになっていたかも知れません。
いわゆる「どや顔」というヤツです。
しかし、そんな私にお構いなしに、後輩の阿部さん(仮名)がこう言いました。

「はあっ? 小倉さん、それ何ですか? 佐藤なんとか? 誰っすか、それ?」
すると、阿部さん以外の友人が一斉に笑い出し、
ほっとしたような表情で口々にこう言ったのです。
「ああ良かった。阿部さんのお陰で気が楽になったよ。
実はオレもその言葉知らなかったんだ」
「やっぱり? オレも!」「オレも知らなかった!」

その時、私は思いました。負けた……。そうです。
私は阿部さんに負けたのです。
私は、自分を必要以上に大きく見せかけようとして、
難しい言葉を得意げに話しました。

しかし、一方で阿部さんは、知ったかぶりをせず、率直に堂々と知らない、
と言いました。つまり、自分を飾らず、カッコつけずに、
そのままの自分をさらけ出したのです。

かつて私は、セミナー講師の先輩から難しい孔子の言葉を伝えられたときに、
知ったかぶりで相づちを打ってしまいました。
そして後からそれを恥じた。
しかし、阿部さんは堂々と「それ何ですか?」と尋ねました。
私はその姿を見て、カッコイイ、と思ったのです。

カッコつけて、自分を飾り立てた私の方がカッコイイか?
それとも、カッコつけずに、裸の自分で勝負した阿部さんの方が
カッコイイか? いったいどちらの方が人間としての器が大きいか。
自明の理です。私は自分のことが情けなくなってしまいました。

カッコつけるがカッコ悪い。
カッコ悪いがカッコイイ。

最近、私はつくづくそう思います。
私が敬愛しているユング派の心理学者に、元京都大学名誉教授、
元文化庁長官の河合隼雄さんという方がいらっしゃいます。
私は河合先生の次の言葉が大好きです。

「人は成熟するほどラッキョの皮をむくように裸になる」

本当に強い人は「不完全さを認める勇気」を持った人だ、
と心理学者のアルフレッド・アドラーは言いました。

つまり、

●ONLY IF「○○ができたらOK」ではなく
●EVEN IF「○○ができなくてもOK」

条件付きではなく無条件で自分にOKを出せる人が強い、と言ったのです。

私がしてしまった「知ったかぶり」のように、
自分を着飾って大きく見せようとする行為の裏側には、
ONLY IF「○○ができたらOK」という価値観が透けて見えます。

「孔子の言葉、佐藤一斎の言葉を知っている自分ならばOK。
もし知らなければNOT OK」そんな風に私は考えていました。
つまり「不完全な自分を受け容れる勇気」がない、
意気地なしの私がいたのです。

そうではなく、阿部さんのようにラッキョの皮をむくのです。
EVEN IF「孔子や佐藤一斎の言葉を知らない自分でもOK」。
つまり「不完全さを認める勇気」を持っている強い人間になるのです。
それこそが私の目指す生き方だ、と私はその場で気がつきました。

それ以来、私は少しずつ「不完全な自分を受け容れる勇気」を
持てるようになってきました。
その結果でしょうか。
初めてお会いした方、十数年ぶりにお会いした方から同じことを
言われるようになりました。

「小倉さんは自然体ですね」
「小倉さんは、静かな自信にあふれているように見えます」

そう言っていただくと私は嬉しくなります。
なりたい自分に少しでも私が近づいているような気がするからです。
もう、後戻りはしないでしょう。
知ったかぶりをする必要がなくなったからです。
何しろ私は「不完全さを認める勇気」を持っているのですから。


【小さなきっかけ】

知らないことは知らないと認めて
不完全な自分を受け容れるようにしよう

小倉広メルマガvol.333 出世のために仕事をするな。仕事のために出世せよ。


vol.333 『出世のために仕事をするな。仕事のために出世せよ。』 
出典:人生を後悔しないために38歳までに決めておきたいこと



◎正しいと信じる道を進むための近道

最近の若い人は管理職になりたくない人が多いようです。
つまり出世を求めない。私たちの世代には中々わからない価値観です。
私は彼らに「なぜ?」と聞いたことがあります。
すると、次のような答えが返ってきました。
「上司を見ているとツラそうです。上と下からの板挟みで苦しそう。
だから、やりたくありません」
「残業代はつかないのに、残業ばかり。損得で考えれば、
管理職にならないほうが得です」
「出世のために頑張る、という考え方自体がカッコ悪い。
ポストのためにギラギラして仕事をするなんて、ダサいです」

どれもうなずける理屈です。確かに、管理職になるということは、
損得で言えば、明らかに損です。おそらく、残業代を計算に入れれば、
管理職になる前と後では、管理職になってからのほうが
一時的に時給は低くなるでしょう。

つまり割りに合わないのです。
さらに、その働き方をカッコイイか悪いか、のどちらかで言えば、
カッコ悪いのかもしれません。しかし、だからこそ、そのカッコ悪い道を
皆さんには選んでほしいのです。

もし皆さんに、
「成し遂げたい」と思う志があるならば。
「こだわりたい」と思う仕事があるならば。
「守りたい」と思う部下やお客様がいるならば。

皆さんの想いを実現するためには、皆さんが会社の中で
「発言力」を持つことが必要です。
自分がやりたい仕事を実現するには、正しいと信じる道を進むためには、
出世することが一番の近道です。
たとえ、その道が「損」で「カッコ悪い」道だとしても。
それで、皆さんの志が果たせるのであれば、
カッコ悪くチャレンジしてほしいと思うのです。
それこそがカッコイイ働き方なのではないか、と僕は思います。

◎スペシャリストという選択もある

しかし、誰もがジェネラリストとして出世を目指せ、
と言うつもりはありません。

昨今は、ポスト不足や景気の低迷もあり、会社側からスペシャリストとして
プレイヤーを続けてくれ、と言われる人が増えています。
つまりはプレイングマネジャーです。

では、そんなスペシャリストは
発言力を高めることができないのでしょうか?
いえ、そうではありません。
多くの企業ではスペシャリストにも昇格の階段があり、
昇格とともに社内での発言力も増していく、
というコースが用意されています。
つまり、スペシャリストとして出世していく道が残されているのです。

チームをまとめるよりは、プレイヤーとしてずば抜けた存在になる。
とことん数字を稼ぎ出す。素晴らしい企画力がある。
研究者としてトップレベルである。そんな人は、その才能を活かすためにも、
スペシャリストのまま、出世を目指してほしいと思います。
それは決して、恥ずかしいことではない。
専門性を究めるためにも、出世して発言力を高めてほしいと思うのです。

◎ジェネラリストを助けるスペシャリストになれ

しかし、その際に気をつけてほしいことがあります。
発言力が高くなった後で、ベテランのプレイングマネジャーにありがちの
「ネチネチ小言を言う姑役」にだけはならないでいただきたい、
ということです。

この症状は何も女性だけに限りません。
男性にもよくある、チームに迷惑をかける症状です。

スペシャリスト管理職とジェネラリスト管理職。
人事制度上ではその2つに差を設けないようにしている会社が
多いと思いますが、
やはりものごとを取りまとめるジェネラリスト管理職のほうが
心労は大きいでしょう。
そのとき、スペシャリストがどのようなスタンスで臨むか、
でスペシャリストの度量がわかるのです。

ダメなスペシャリストは、ネチネチ小言を言う姑になります。
つまり、取りまとめる責任のない楽な立場から、
評論家のように好き放題に意見を言うのです。
もちろん、彼はその発言に責任を負いません。
「後はリーダーのほうで何とか取りまとめてよ。
オレは所詮スペシャリストだしさぁ」と身勝手な態度で臨むのです。

恥ずかしながら、かつての私も、
このような身勝手な態度のスペシャリストだった時代がありました。
しかし、これではいけません。そうではなく、ジェネラリストである
管理職を助けるのです。

「私」を捨てて「チーム」のために尽くす。「私」と「チーム」が一体になる。
それは、ジェネラリスト管理職だけの仕事ではありません。
スペシャリストだって、それを目指すべきなのです。
ジェネラリスト管理職と同じ視点で、全体の決定に責任を持つ。
意見が出なければ、まずは自分から発言する。おかしな意見が出たら、
リーダーに代わってそれをいさめる。
そんなフォロワーシップをぜひ発揮してほしいのです。

出世のために仕事をするのはカッコ悪い。
しかし、いい仕事をするために出世する。
それはカッコイイ生き方だと思います。

ジェネラリストもスペシャリストも、恥ずかしがらずに堂々と
出世を目指してほしいと僕は思います。

成し遂げたいこと、守りたいことがあるなら、
恥ずかしがらずに「出世する」と決める。

小倉広メルマガvol.332 連結ピンとなるナンバー2を選抜しよう


vol.332 『連結ピンとなるナンバー2を選抜しよう』 
出典:チームのルール



どんなに小さなチームにもナンバー2は必要です。
なぜならばリーダーとメンバーとの格差は
どんどん拡がっていってしまうから。

チームの達成に全責任を持ち、
メンバー一人一人の成長に心を配る過程を通じて
リーダーは日々成長していきます。
その成長速度はおおよそメンバーの二倍。
つまりリーダーとメンバーとでは成長格差が拡大する一方なのです。
リーダーは孤独である、と言われるのはこれが理由。

だからこそ、孤独になりゆくリーダーと
少しずつ成長を重ねるメンバーとをつなぐナンバー2が必要なのです。

経営学の用語ではこれを「連結ピン」と呼びます。
リーダー層とメンバー層というチームの中に存在するさらに小さなチーム。
この二つをあたかもピンのようにつなぐ役割を持つことから、
ナンバー2は連結ピンと呼ばれるのです。

そしてチームの成否はリーダーだけでなく、
この連結ピンのあり方で決まってくるのです。
えてしてリーダーはこの連結ピンを軽視し、
自らが直接メンバー全員を指揮し鼓舞しようとする。
だがそれは所詮無理なことなのです。

名経営者として名高いソニーの井深大と盛田昭夫の名コンビや
本田宗一郎と藤沢武夫の組み合わせのように、
素晴らしいチームはそのほとんどがトップとタイプの異なる名脇役により
構成されます。
あなたが本当に最強のチームづくりを目指すなら、
リーダーとメンバーをつなぐナンバー2の連結ピンを確立することが
必須条件なのです。

そしてナンバー2には、その他メンバーとは明らかに違う役割を
期待し演じてもらうこと。

たとえばチームで行うミーティングなどは
リーダーが自ら仕切るのではなくナンバー2に仕切らせる。
ことあるごとにナンバー2だけを呼び寄せ相談し重要なことは一緒に決める。

ナンバー2をナンバー2としてきちんと敬い、
特別扱いをしてあげることが重要です。
小さなチームにもナンバー2を。
あなたのチームのナンバー2は誰でしょうか?

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