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6月30日配信 アドラー心理学書籍要約&解説 メルマガ  vol.10 「現代アドラー心理学」上巻 (10)第七章

  • 2016年06月30日


vol.10 「現代アドラー心理学」上巻(10)第七章 パーソナリティの発達 より

【 家族布置 】

●人が小さいときに確立した思考・行動・感情のパターンはその人自身が作り出したものであり、
家族に属するために何をなすべきか自分が考えたことに基づくライフスタイルであり、
他者とは異なるものである。

●長子は、しばらく一人っ子であり、次の子どもが生まれると長子となる。
年が近ければおそらく両親の関心を得ることを巡って激しい戦いが生じるであろう。
しかし、年齢が離れていれば長子は次子を競争者と見なさないだろう。
年齢が離れたきょうだいのグループが複数いる場合、長子が複数になったり、
末っ子が一人以上になることもある。大家族の中でAとBとCは五年の間に生まれた子どもである。
その後10年間子どもが生まれなかった後DとEが生まれた。Aは第一子であり、Dもそうかもしれない。

●出生順位とパーソナリティ発達に関する重要な因子は、絶対的な年齢差や性別ではなく、
つまるところ個人の認識の問題である。本人が演じるべき役割と要求期待をどのように認識するかどうかであり、
とどのつまり、本人の創造物であり責任である。

【 第一子・第二子・中間子・末子・一人っ子 】

●第一子に続いてすぐに(三年以内に)次子が生まれた場合、
第一子は次子に対して用心深く防衛的態度を発達させるだろう。
アドラーは第一子の感情を叙述するために「強制退位」させられたという言葉を用いた。
第一子がかつて一人っ子であったときの「古き良き時代」に憧れ、かつての優越した地位を再獲得しようと
様々な態度行動をとるのは十分理にかなっている。

●第二子は、自分を測るものさしとして第一子がある。
第二子は第一子に追いつこうとして高い行動の活動性を示す傾向がある。
また、第二子は第一子が弱い分野において頭角を現そうと特別の努力をする。
成功する可能性が高い分野を選ぶのだ。

●中間子は、長子が常に特権と力を持ち、年下の者が自分ほどの責任を課せられず、
不公平だと思い、常に重荷を背負わされていると感じるかもしれない。
また、逆に圧迫が少なく、自分流で自由にできると感じるかもしれない。

●兄姉は末っ子を「赤ちゃん」として扱い競争相手と見ない。末子は甘やかされ要求されずに、
自らをかわいい、頼りない態度によって自らの期待を成就させようとするかもしれない。
また、逆に自らを最後の者と位置づけ、一番遠くまで行かなければならないと考え、
きょうだいよりももっと遠くへもっと早く進もうと決意するかもしれない。

●一人っ子は甘やかされ、注目になることを期待し、他者と分かち合うことをためらう、
他の子どもたちとつきあいにくい者になるかもしれない。

●年長の子どもはより責任的でありがちである。真ん中の子どもは競争的でありがちである。
末子はどちらかというとチャーミングでありがちである。
しかし、これらはあくまでもソフトな影響しか与えず、結局のところ、
その子が自分の地位や自分への期待をどのように見るか、認識するか(個性記述的)に関連している。

●家族内の子どもの地位が一般にパーソナリティに影響を与えるというアドラーの考えはおそらく正しい。
だが、我々がその人の出生順位を知ればその人について何かを知る、
という予測的な力は弱く臨床的には役に立たない。ガイドとしては有益だろう。

(小倉解説)
アドラー心理学は「個性記述的」であり、決して人をパターン分類に当てはめない。
しかし、カウンセリングのとっかかりとして、またアドラー心理学を学ぶ時のとっかかりとして
分類は有効であるが、それを過信し過ぎないことが重要だ。
また、分類においてもあくまでも「認知論」「現象学」が働くことにも注意しなければならない。
つまり、子どもが自分を長子と捉えるか中間子と捉えるか?弟や妹を脅威や競争相手と捉えるか、
単なる子どもで相手にしないか、はすべて本人次第であり、いかようにでも選択可能ということだ。
私は15歳以上年の離れた父違いの姉と母違いの姉がおり、両親が一緒の妹がいる。
普通に計算すれば私は第三子ということになるが、実際の私は長子長男として自分を認識し、
おそらくは長子のパーソナリティ形成を自ら選択したと思う。
このように、年齢差や同居、別居の別、片親違いなどあらゆる要素を考慮に含め、
なおかつ、個別の認識論を考慮することが大切で有り、
パターン分類をステレオタイプ的に行わないことが大切であろう。

【 きょうだいの競合 】

●子どもは一日のうち十時間以上も母親に面倒を見てもらっていながらなお注意を向けてほしいと思う。
この要求には自分の価値の証明ということも含めて様々な意味が含められる。
どんな子どもでも積極的な注目、微笑み、褒め言葉、キスや抱きしめを欲するが、
多くのこどもは無視されるよりは否定的な注意もほしがる。
無視されるよりはどなられたり、罰せられることを欲する子どもにとって処罰は報酬になる。

●もし家族の中に、養子や新しい赤ちゃん、いとこなどの侵入者が入ってきて、
望ましい注目を自分から盗み取ってしまったら、両親の注目をできるだけ得ようとして
「きょうだいの競合」が始まる。
子どもは親からの注目を得るため、かわいらしさ、優しさ、恥ずかしがる態度、
活発な態度、攻撃的など様々な方法を試すだろう。
親は恥ずかしがる態度を望まず子どもを叱るとしよう。
すると子どもは恥ずかしがることで注目を得たので、もっと恥ずかしがり屋を演じるだろう。
そして、他の兄姉はそれとは異なったパーソナリティを発達させるだろう。
このようにして、きょうだいは違ったパーソナリティを発達させるのである。

●きょうだいは親の「注目」を集めることと「力」を示すことの両方を目的とし、けんかをする。
もし両親が相談してケンカについて注目も干渉も審判も仲裁もしなければ、ケンカはおしまいになる。

●8歳のジムと10歳のベスのケンカに困り果てた母親がカウンセリングに訪れた。
注目を与えないよう助言をした。それまで母親は「やめなさい!」と怒鳴っていた。
回数を数えると一週間で47回怒鳴っていた。その後、注目しないという助言に従ってもらい、
ケンカの回数を記録した。47回、42回、28回、53回、12回、8回、31回、4回、1回、0回、2回、1回。
途中2度の盛り上がりがあることに注目してほしい。その後激減している。

(小倉解説)
非建設的な行動、問題行動に注目するとそれが増える。注目しないことが大切だ、とアドラー心理学は考える。
ケンカの回数を数えた記録はその証拠としてわかりやすいだろう。この考えは行動科学とも重なる。
行動科学は、相手の行動を増やすには承認やほめることを与え、
相手の問題行動を消去するためには無視することが一番であると考える。
注意したくなる気持ち、叱りたいイライラをおさえ、無視することができるか?
親や上司が試されているだろう。

「現代アドラー心理学」上巻 G.J.マナスター+R.J.コルシーニ 春秋社
(10)第七章 パーソナリティの発達 より

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