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5月18日配信 アドラー心理学書籍要約&解説 メルマガ vol.6 『「現代アドラー心理学」上巻(6)第四章 生物的要因』

  • 2016年05月18日


vol.6 「現代アドラー心理学」上巻(6)第四章 生物的要因

「現代アドラー心理学」上巻 G.J..マナスター+R.J.コルシーニ 春秋社
(6)第四章 生物的要因

(小倉解説) 章タイトルは「生物的要因」とあるが、内容から見て別のタイトルの方が
あてはまると思料する。「アドラー心理学における動的要因(動因 Drive)の変遷」
とすべきではなかろうか。その趣旨でお読みいただくと理解しやすいだろう。
アドラー自身の考え方は初期から後期にかけて以下のように変遷していった。
そして後期20年はほぼ変わらなかった。
●器官劣等性と補償(生物的身体器官に関してのみ) → 
●パーソナリティー劣等性と補償(生物的身体器官+地位などの社会的要因。
さらには物理的事実としての劣等性ではなく主観的な劣等感へと拡大、進化)→
●攻撃的衝動(後に、この衝動は基本的本能ではなく完全や達成、優越を
目指す努力が共同体感覚を伴わない場合におきるあやまちとして訂正した)→
●愛情の欲求(Needs)→
●成長動因 (Masterly という言葉を用いたことで支配欲求という意味に誤解された)→
●優越動因(より完全なもの、最良の者でありたいという欲求)

●彼の初期の見解のあるもの(攻撃的衝動)が広く流布されてしまい、フロイトの
見解と並置された。アドラーがどの時点で一定の見解を信じなくなり、言葉の意味を
いつ変えたのかを明示しなかったため我々は彼の著作の分析においてのみ、その変化を
はっきりと見ることができる。

●個人の体のあらゆる器官の強さは同じではなく、あるものは他のものより強いか弱い。
そのために他の器官を強めたり、あるいは弱い器官そのものを強めようとする。
この努力は非常に激しかったり、長期に渡るためその器官は通常よりもずっと強く
させられることがある。人は弱さを克服しようとしたり、自分が魅力的でないことを
克服しようとする時に、化粧品を用いるかもしれないし、特別に強くなるという
別な仕方で他人より抜きん出ることに集中するかもしれない。

●自力で金持ちになったような人々は、最初、破産や事業上の失敗をしたことがある。
世界的に有名になった天才達は生涯のどこかで重大な着想上の間違いをしている。
彼らは失敗をしたからといってひるまなかった。彼らは同じ間違いをしないようにし、
誤った仮定を訂正した。偉大な知力を持つ人、偉人、長い目で見れば天才とは、
こういう人のことである。要するにアドラーは、特殊なものから一般的なものへ、
身体的なものからパーソナリティー的なものへと一般化をおこなったのである。

●アドラーは器官劣等性の発生とそれをどう見るか(主観)の過程を逆に見た。
マイクは、子どもの時、現実には正常かつ平均レベル以上であったが、
野心的であったために、他の子どもに対して劣等感を持っていた。そして
「後になって」視力検査を通じて眼鏡が必要だということを「発見」した。
これが役に立ったのだ!目さえよければ・・・というわけである。
目に問題があるという知識は劣等感の後に来たのである。
だがそれは説明と言い訳になった。

●問題は実際に肉体的劣等感があるかないかではないのである。
問題はその個人が自分には何か劣等なものがあると考えるか否かである。
その人がそのような考えを持つならば、その人はこの欠陥を埋め合わせようとする。

●その人は自分が弱いのだから、飛び抜けて強くならなければならない、もしくは、
いつも活動的である必要がある、と思うかもしれない。この過剰な努力の結果として
過剰バランスにあるとき、この人は別な面で際立つことで劣等感の埋め合わせを
しようとしているのかもしれない。これを我々は「過補償」と呼ぶ。

●アドラーは1908年に、肉体的攻撃あるいは間接的な象徴的攻撃の行為を
攻撃衝動として提示し、他の動因の上位にあると見た。
フロイトはこれを否定したが、1920年代になって攻撃本能を「発見し」
タナトスと呼んだ。しかし、アドラーは社会が攻撃要因を行動に移す
代わりになるものとしてスポーツなどの例を指摘し、次のように考えを発展させた。
すなわち攻撃というものを個人が目標達成に向かう場合に直面する困難を
克服するための運動の一部である、と見る。もしある個人の共同体感覚が
発達させられていないならば、その個人の運動は敵対的行為に示されるかもしれない。
そういう人は他者を敵と見て、利己的に自分の持ち物を守り、誰かが進歩すると
傷つき、他者を非難し、疑い深くなるのだ。攻撃的な人は自分以外の誰も
成功してはならないのであり、自分の敵に対しては悪意と敵意をもって
立ち向かうのである。

●1908年にアドラーは別の考えを発展させた。それは愛情の欲求 needsである。
これは共同体感覚というアドラーの後の展開の始まりであった。

●アドラーはゲシュタルト理論家ブルーマ・ゼイガルニイクが使ったのと
同じ意味において完成を求めるニーズについて語った。つまり、より完全で
全体的でありたいという個人の欲望である。彼は自己制御を指すのに
マスタリー Masterlyという言葉を用いた。それは通常、他者を支配する力と
混同された。そして、彼は最後に優越という概念に落ち着いた。それは
個人が現在からよりよい状態、つまり現在の地位より優越した地位へ
移っていこうと絶えず求めているという意味における主要動機であった。

●すべての人間の中には「・・・・・・になる」という方向への動きがある。
我々はこれを成長動因と呼ぶ。人間というものは成長と改善へ、また実現と
完全へと向かう衝動を与えられているということである。

●アドラーが生物的なものから社会的なものへと移行したことは、
今日の心理学における動機についてのほとんどの近代的かつ受容されている
見解を代表するものだ。それは、ロバート・ボウルズの以下の論文からも
明らかである。「今日、我々は有機体が行動を一定の目標に向けている
ということを当然のこととしている。またこの理論に認知的原理を
適用することによって、すべての行動現象と取り組むことが可能である」

(小倉解説)
最後にもう一度、アドラー理論の変遷を整理、確認したい。
それにより、アドラー心理学が現代の心理学の基礎を築いたことが
改めてよくわかるだろう。
「生物学的 → 社会的」
「客観的 → 主観(認知)的」
「攻撃欲求 → 愛情欲求 → 成長動因 → 
優越(ありたい姿=目標へと常に向かい続ける)動因」

私はかつてお金持ちになろうとし、高級車や高級マンション、高級腕時計、
社会的な地位に憧れた。現在はそれを恥ずかしく思い、高級でなくても
良質なものを求め、社会的地位よりは自然の中でゆったりと過ごす時間を
求めるようになった。これは動因がなくなったり、変わったのではなく
「ありたい姿=目標」が「主観的に」変わっただけである。しかし、目標が変われば
すべての行動が変わる。ありたい姿=目標が動因であるのだ。また、私の目標の変遷は、
自分よりも勝った者へ対する攻撃でもなく、愛情欲求でもなく、自分なりの成長であり、
さらにフィットする感覚でいえば優越、すなわち、自分らしくありたい、自分が素敵だと
思える人間像に近寄ることである。それは極めて主観的なものであり、人それぞれ違うし、
私も年齢を重ねることにより変化させてきた。もちろん、それは社会や文化の変化にも
関連し、それらの変化を私が取り込んだものであるだろう。やはり、アドラー初期の
理論は限定的であり、一般化されておらず、場面や人が変われば適応しにくいものであった。
しかし、最終的な優越動因、は認知論と併用することにより、ありとあらゆる人間行動に
適応可能なたった一つのシンプルな理論たりえると私は思う。
私がアドラー心理学を好きなのはそこであるように思う。真理は常にシンプルだ。

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