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4月6日配信 アドラー心理学書籍要約&解説 メルマガ vol.001 『「現代アドラー心理学」上巻(1)まえがき、序論』

  • 2016年04月06日


vol.001「現代アドラー心理学」上巻(1)まえがき、序論

【 訳者まえがきの要約 】
●人間はほぼ5~6歳(現代では10歳という考えが主流)までに
ライフスタイル(性格)を形成し、それに即した目標を設定してしまい、
知ってか知らずか、その目標達成のために一貫した努力を行う。

●その目標が社会全体にとって有益に向かうか無益に向かうかどちらかだ。
それを決める根本要因はその人の共同体感覚(ゲマインシャフツゲフユール)を
健全に発達させうるか否かである。

●共同体感覚は生得的可能性として存在するが、これを最も重要と「解釈」し
ライフスタイル(性格)のなかに位置づけるならばその人の生涯は有益になる。
逆に共同体を憎み、敵対的になるような「解釈」をしてしまうとその人の生涯は
無益な方向をたどる。

●なによりも大切なのは、すべての人が5,6歳(10歳)頃までに
健全・有益なライフスタイルの形成を促されるような環境を生み出すことであり、
最も重要な役割を担うのは母親、次に父親、きょうだい、そして初期教育を担う
教師である。

●ひとたび個人のスタイルが形成されてしまうと、それはたいてい意識されないので
矯正することは非常に難しい。その可能性は初期であればあるほど容易である。
それゆえ、最も重要な教育は初期の教育である。

●もちろん、大学のレベルに達しても、誤ったライフスタイルの是正が絶対に
不可能ではない。死ぬまでその可能性を失ってはいないが、その人の
ライフスタイルはとうに形成されてしまっていて、それに従って人生の目標を
久しく追求してきているのだから是正は非常に困難なのである。

【 第一章・序論(前半)の要約 】
(全体論 ホーリズム)
●アドラー心理学は、我々が分割不可能な一つのまとまりであるという立場を
固持する。我々は、一つの受精した細胞から生まれた花のように、一つの
まとまりであり、機械のように部品を集めたものではない。

●ホーリズムは、別の概念にも関連する。その一つがゲシュタルト
~全体は部分の総和以上のもの~である。三本の直線を並列させれば三本の
平行線だが、末端をふれあうように並べれば三角形となる。

●ニュートンの法則は、熱というカロリーを用いる機械としての人間の身体には
妥当する。だが、心には適用できない。

(現象学・認知論)
●現象学とは本質的に「主観的・個人的」を意味する。もしもあなたが
薄暗い部屋のベッドの上に犬を見て怖がったならば、たとえばそれが実際には
上着であったとしても、主観的現実は犬であった。アドラー心理学では、この
「主観的現実」つまり、印象、見解、知覚を取り扱うのであって、現実を
取り扱うのではない。もしあなたが、自分は神であると信じるならば、それが
あなたの現実なのである。

●アドラー心理学は所有の心理学ではなく使用の心理学である。利点を
持っている人が失敗し、不利な点がある人が成功することがある。

●足なしで生まれた子どもが高飛びの選手になる機会はない。
「どんなものにもなれる」(純粋な非決定論的立場)とも言わないし
「外的出来事に完全に支配されている」(純粋な決定論的立場)とも言わない。
「あなたの生理や環境によって与えられた限界内で、普通あなたができることが
たくさんある」というのである。

●現象学、すなわち心がその人を方向付けるのであり、その人はまた、
物理的・社会的・経済的条件によって限界づけられているのである。

【 小倉による所感・解説 】
●本書のまえがきには「アドラー心理学の理論と実践を完全に解明する書物」
たらんとする意気込みが示されている。また、すべての主要な考えを体系的に集め、
オスカー・クリステンセンなど20数名のアドラー派の研究者の名前をあげ、
彼らの監修チェックを受けたとある。また、実際に私自身が多くの
アドラー心理学入門書を読んだうち、本書が最も明晰に理論を語ってあり、
偏りがないと感じたため、本書をテキストとした。

また、本書が古くに廃刊となっており入手困難なため、こうして要約を
提示することが読者の皆さんにとって希少性の面で価値があると考えたからである。

●本書の特徴は序論の前半にも明確に現れている。アドラーの言葉の一部を
切り取れば「誰でも何でもできる」という純粋な非決定論こそが
アドラー心理学であると誤解しがちである。しかし、本書では明確にそれを否定し、
中庸としての理論を展開している。すなわち生理的、物理的、社会的、経済的条件は
限界を定める。しかし、多くの場合、現象学=本人の意思によりできることが
たくさんある、と。アドラーの言葉は格調高く哲学的で強い言い切りを伴うものが多い。

しかし、それゆえの誤解も多い。本書のように、アドラー心理学を
長年にわたり研究し、ルドルフ・ドライカースの薫陶を直接受け、さらに
20数名の同派の研究者にもチェックを受けた理論として、このような現実的な
理論が展開されるのは非常に価値があると私は思う。

●訳者まえがきに「共同体感覚」を持つか否かにより、その人の行動が
有益になるか無益になるかが決まる、とある。一般にアドラー心理学において、
この有益、無益は「勇気」の有無によるものと解釈されている。
しかし、本書では「共同体感覚」の有無によると明言されている。

しかし、アドラーは「人は貢献(≒共同体感覚)を感じる時だけ勇気を持てる」
という一言を残していることから考えても、勇気と共同体感覚は同根であり、
相互依存関係にあると考えられる。共同体感覚(≒貢献)があれば勇気が持てる。
勇気が持てれば有益な行動を取る。つまり、共同体感覚の有無が有益か無益かを
決める、という意味では整合している。

●共同体感覚を持つ、すなわち社会や共同体は自分の味方であり、自分を
助けてくれる、そして自分は社会や共同体に貢献できる、と信じることが
できることが最も大切である。それは幼少期に確立されるべきである。

もしもその逆に共同体を敵だと感じ、憎み、敵対するとその人の人生は不幸になる。
共同体を信じるのに、理由や方法論は要らない。ただ信じるのだ。裏切られてもいい。
信じるのだ。この宗教にも近く、非科学的であると心理学会から糾弾された
「真理」をアドラーが提唱し続けてくれたことは人類の進歩に多大なる貢献を
していると私は思う。ここで非科学的で宗教である、との批判にアドラーが
負けずに訴え続けたことにとても大きな価値があると思う。

「現代アドラー心理学」上巻 G.J..マナスター+R.J.コルシーニ 春秋社 より

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