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8月26日配信 小倉広メルマガ vol.206 『 学校に受かったのは勉強を頑張ったから、か?』



vol.206「 学校に受かったのは勉強を頑張ったから、か?」

管理職研修、中でも部下育成に関する講演の仕事が多い。
私は、その中で真の部下育成とは「教える」ことではなく「教えない」こと
が大切だ、といつも伝えさせていただいている。「ほめる、叱る、教える」
の賞罰教育では人は育たない。叱らなければやらない部下が育つ。ほめられ
なければ頑張らない部下が育つ。それは果たして真の人材育成といえるのだ
ろうか。

そうではなく、自発的意思により、自分のために頑張る。仲間やお客様のた
めに頑張る。自分の意思と自分の知恵で動く人材を育てる。それが大事だと、
考え、そのためのコミュニケーションスキルをお伝えしている。

すると、質疑応答の際に表題のような質問が必ずや発せられるのだ。

「小倉さん、大変よくわかりました。そして、教えていただいたことをこれ
までもずっとやってきて、それなりに成果も上げてきました。しかし、一人
だけ、どうしても、何をやっても、育たない。やる気の上がらない部下がい
るんです。どうしていいか、わかりません。これ以上、何をすればいいので
しょうか?」と。

表情を見ると必死さが伝わって来る。また、研修への取り組み姿勢からも、
彼がこれまで誠実に部下に向き合ったであろうことは容易に想像がついた。
私は、通り一遍ではなく、真剣にお答えしようと考え、こうお伝えした。

「私たち上司が精一杯やるだけのことをすべてやって、それでも相手が育
たなかったとしたら。それはそれでいいんじゃないですか。それは、あな
たの責任ではない。あなたに影響を受けて変わるも変わらないも部下の自
由。無理やり変えることはできないし、変える必要もないのではないので
しょうか」

すると、相手の方はきょとんとした顔で拍子抜けになる。そして、一拍お
いて、力が抜ける。「なんだ。それでいいんですか……」と崩れ落ちる。
そして、時に涙を流す。それで良かったんですね、と。

「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がある。できるだけのこと、す
なわち人事を尽くす。ここまでが私たちの領域だ。しかし、そこから先は
天命、すなわち、我々では如何ともしがたい神の領域がある。
部下育成のためにできるだけのことをする。モチベーションを上げるため
にできることをすべてする。ここまでが人事を尽くす、ということだ。
そしてその先は天命に任せる。できもしないことをやろうとするから苦し
い。そして逆効果になる。後は天に任せるのだ。

仏教の世界で私が好きな言葉がある。

諸法因縁生 縁欠不生

あらゆることは、因すなわち直接的な原因と、縁すなわち間接的な原因が
ある。中でも、縁なくしてはあらゆることは成し得ない。そういう意味だ。

例えば、私たちは一所懸命勉強して志望していた大学に合格したとする。
すると私たちは直接的な原因である、因のおかげ、すなわち、自分の頑張り
のお陰だと思ってしまうのだ。

しかし、そこには間接的な原因の縁がある。本人は気づいていないかもしれ
ないが、ご両親が一所懸命育ててくださり、学校にやらせて下さらなかった
ら大学に行けるはずもない。もしかしたら、高校の先生が素晴らしく、勉強
の喜びに気づかせてくれたかもしれない。友人が励ましてくれたかもしれな
い。ライバルの存在が励みになったかもしれない。大学に受かる。そこ一つ
とっても数え切れないほどの縁がある。それなくしては結果はないのだ。

部下育成も一緒だと私は思う。上司たる私たちの指導や関わりが仮に因だと
してみよう。しかし、そこには必ず縁がある。それを私たちが変えること、
起こすことはできない。神の思し召しとしかいいようがない。だからこそ、
縁の力の大きさに敬意を表すからこそ、自分の因の小ささをわかり謙虚にな
り、そして、こだわりを手放すのだ。「人事を尽くして天命を待つ」のだ。
私はそう思う。

しかし、当たり前ではあるが「人事は尽くさねば」ならない。やるだけのこ
と自分の課題は自分で解決しなければならない。申し上げているのはその先
のことだ。その先へのこだわりを捨て、縁に対して謙虚になると、逆に因に
集中できるようになる。人事を尽くせるようになる。無理やり相手を変えよ
う、結果を出そうとしないからこそ、逆に結果が出るようになる。そんな気
がする。

さあ、今日もこれから講演だ。私は私の課題に集中しよう。人事を尽くして
因を尽くす。そして、そこから先は天命に任せよう。縁の力を信じて、敬意
を表し、無理に結果を出そうと力まないようにしようと思う。そうすること
が私にとっても、受講される方々にとっても良いのだと思う。そんなことを
講演前に用意いただいた講師控え室で考えた。

【 編集後記 】

本日のコラムの内容。気づいた方はすでに気づかれていると思いますが、同じ
内容を仏教ではなくアドラー心理学からも書くことができます。

そうです。人事すなわち因を「自分の課題」。そして天命と縁を「相手の課題」
と置き換えても、同じコラムが書けると思います。

古今東西とはよく言ったもので、昔も今も、西洋も東洋も。真理は一つ。勉強
をすればするほどそう思います。人生は極めてシンプル。だから余計に難しい。
そんな風に思いました。では、次回もお楽しみに!

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