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8月20日配信 小倉広メルマガ vol.204 『 批評や非難はバカでもできる』



vol.204「 批評や非難はバカでもできる 」

もとより勘はいい方だった。だから相手が何を考えているか、が直感でわかる。
そして、そんな勘のいい自分に、悦に入る。

先日も友人との酒席でこんなことがあった。友人は著者仲間。とても立派なことを
著書で述べている。曰く「相手の話をよく聞きましょう。自分のことは二の次です」
「謙虚でいましょう。アピールはいけません」。しかし。その友人は飲み会の席で
ひたすらにしゃべりまくり、私の話をさえぎった。
自慢を話し、私のことを否定しまくるのだ。

せっかくの話をさえぎられ、否定された私はムッとした。そして思った。

「あんたは言行不一致だ!立派なことを言っておきながら何一つできていないでは
ないか!」と。

一方でこうも思った。彼は、酒を飲む前は「謙虚で人の話をよく聴く」素晴らしい人であった。
それが酒を飲むと別人のように豹変した。私はこう分析をした。

「彼が著作で述べているのは『理想」なのだろう。だから、酒を飲む前は必死に『理想』の
ふりをした。しかし、それはあくまでも『演技』でしかない。だから、酒を飲んで『本性』が
現れた。それだけのことだ」と。

そして、私は思った。「私は、なんて冷静にものごとを分析できるのだろう!
彼はなんて愚かなのだろう!」と。

そして、あたかも自分が彼よりも1ランク上の存在であるかのように感じてしまった
のだった。

しかし。時間が経つにつれ、私は少しずつ気がついた。彼を愚かだと断じるのは簡単だ。
しかし、それでは彼と同レベルではなかろうか、と。彼を愚かと断じ、内心で溜飲を下げる。
それは果たして、私が望む、ありたい自分の姿なのだろうか、と。

そして、ある言葉を思い出した。『人を動かす』デル・カーネギーによる世界的ベストセラーの
一節にこんな一文がある。

(以下引用)

人を批評したり、非難したり、小言をいったりすることは、どんなばか者でもできる。
そして、ばか者にかぎって、それをしたがるものだ。

理解と、寛容は、すぐれた品性と克己心をそなえた人にしてはじめて持ちうる徳である。
英国の思想家カーライルによれば、

「偉人は、小人物の扱い方によって、その偉大さを示す」

(以上引用終わり)

まさにその通り。私は偉人ではない。なぜならば、小人である友人に対して
「批評したり、非難したり、小言を」心の中で言っていたからだ。
私は、まったくもって偉大さを示すことができなかったのである。

そして、さらに思った。私は友人と同じような失敗を毎日のようにしているではないか、と。
書籍やコラムに立派なことを書きながら、日々、それを実践できていないではないか。
同じ穴の狢(むじな)。言行不一致な自分。それを思い出したのだ。

下手に心理学などを勉強すると、このような過ちを犯してしまう。わかったような気になり、
人をばかにする。そして、自分はあたかも一段上だと勘違いしてしまうのだ。

それではいけない。心理学を学んだなら、それを他人にあてはめるのではなく、自省のために
使うのだ。断ずるのは他者ではなく自分であるべきだ。気をつけねばならない。

毎日、毎日、失敗の連続である。できているつもりで、できていないことばかりである。
しかし、以前はそれに気づきもしなかった。得意になって相手を非難して終わっていたのだ。
それに比べれば少しはマシではないか。そう自分に言い聞かせている。

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