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6月3日配信 小倉広メルマガ vol.265 『やめたくてもやめられなかったお酒をやめた』



vol.265「やめたくてもやめられなかったお酒をやめた」

「365日中、365日飲んでいる」と豪語していた私がピタリとお酒をやめて
3週間が経つ。「よくガマンできますねぇ~」と言われるが、
ガマンなどしていない。やめよう。そう思い立って「決めた」ら
簡単にやめられたのだ。

お酒をやめようと思った理由は2つ。1つは睡眠の質を改善したいと思ったから。
も1つは「惰性で行動するのが嫌になった」ためだ。まずは前者から話そう。

酒を飲むとよく眠れる、というのは大いなる誤解だ。
寝付きはよくなるが睡眠の質は著しく低くなる。お酒を飲むと3時間くらいで
覚醒作用が起きる。アルコールが分解されることで、まるでカフェインを
摂取したかのように目が覚めていくのだ。私は早寝のため、夜10時〜11時には
眠りに就く。すると決まって夜中の1時〜2時に目が覚めてしまう。
しかも、その後眠れなくなってしまったのだ。
これでは快適な毎日など送れるはずもない。良質な睡眠は良質な人生の基礎となる。
私はお酒を減らす、もしくはやめる必要を強く感じた。

2つ目の理由は「惰性で生きるのが嫌になった」ためだ。
夕方、仕事が終わると何も考えずにビールの栓を開ける。1杯飲むと2杯目を。
そしてそのまま眠くなるまで延々と飲み続ける。「飲みたいのか?」と問われると、
えぇ、まぁ・・・・・・、という気分だ。では、飲むのをやめますか?と問われると
何だか淋しいような気がして、お茶やジュースに切り替えることができない。
そんな風にして、なんとなく惰性で一晩にビールを5本、10本と飲む。
そんな自分が嫌になったのだ。

「やめたいのにやめられない」アドラー心理学ではそれを人生の嘘だという。
単に「やめたくない」だけだ。そう喝破するのだ。私はまさに「やめたくなかった」。
でも、言い訳のように「本当はやめたいんだけどね・・・・・・」と
つぶやいていただけなのだ。ポーズを取っていたのだ。

そこで、私は私に問いかけることにした。「本当にやめたいの?ならやめればいい。
本当はやめたくないの?なら、自分に嘘をつくのをやめて、正々堂々と飲もうよ」と。
「本当はやめたいけど、やめられない・・・・・・」などと嘘をつき、自己嫌悪に陥り、
被害者のふりをするのをやめようよ、と。そして「よし、やめよう」と決意した。
それだけのことだ。

私は意思が弱いから、量を減らすことは苦手だ。だからピタリとやめる方がラク。
そう考え、それ以来まったく飲まないようにした。最初の一週間は離脱症状と
呼ばれる一種の禁断症状で苦しんだ。夜、飲んでいた時以上に眠れないのだ。
しかし、その地獄をくぐり抜けたある晩、私はここ数年経験したことのないほどの
深く快適な睡眠を手にし、それ以来、毎晩心地よくぐっすりと眠れるようになった。

それより何より。自己嫌悪に陥ることがなくなったのが大きいかもしれない。
「やめたいのにやめられない」「自分があたかも被害者であるかのような
言い訳を自分にする」毎日を手放すことができたのである。

一番の勝因は「自分で決めた」ことである。誰も私に「酒をやめなさい」
とは言っていない。やめたっていい。やめなくたっていい。飲み続けたっていい。
自分で決める事が出来るのだ。なのに、あたかも自分では決められないかのような
フリをして「やめたいのにやめられない・・・・・・」と言っていた自分を
哀れに思ったのだ。

そうではない。「自分で決める」「自分で決めている」そして
「自分で決めることができる」のだ。だから、やめたっていい。
やめなくたっていい。どうする?自分?そう問うたのだ。これが、
最大にして唯一の勝因だろう。

「人は自分の人生を描く画家である」とはアドラーの言葉だ。
私は私の人生を自分で描いている。そして、これからも自分で描いていきたい。
そう思う。私は今日もコカコーラゼロを飲みながら夕食をとるだろう。
そうしたいから、そうするのだ。それだけのことだ。

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