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5月20日配信 小倉広メルマガ vol.262 『思考ばかりを使っていると、逆に感情に振り回される』



vol.262「思考ばかりを使っていると、逆に感情に振り回される」

人間塾の課題図書として、2冊のユング入門書を読んだ。
「ユング心理学入門」河合隼雄著 岩波現代文庫
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「分析心理学」カール・グスタフ・ユング著
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いちばん、心に残っているのはユングによる次の言葉だ。
「思考優位の人が感情的かどうか、大学教授の妻に聞いてみるといい」

ユングによれば、思考優位な人は、思考を分化 Differentiation、
統合できており、つまり、使いこなせている。逆に論理ばかりで考え、
感情を使っていない人は、感情が分化、統合できておらず、
つまり、使いこなせない。そういう人は逆に、感情に振り回される。
論理優位な大学教授はたいがい家庭では感情的だ、というのだ。

思考優位な人は意外に涙もろい。思考優位な人は意外に突発的な言動をする。
周囲の人を見た私の記憶に照らしてもそうだな、と思った。まさに分化、統合
できていないのだろう。

私は、コーチング、カウンセリングでお手伝いしているクライアントとの
会話を思い出した。
私「今、どんな気分ですか?」
クライアント「気分?気分は・・・・・・何も感じません」
私「感情は?」
クライアント「感情?うーん。わかりません・・・・・・。自分がどんな感情や
気分かなんて考えたこともありません」

感情を使わないと感情に支配される。そのクライアントさんも
そのように見受けられた。

かくいう私も、最近まで自分の心の声や感情に対してとても鈍感であった。
いや、まだまだ鈍感かもしれない。でも、少しずつ自分の気持ちや感情に
気づくようになってきたように思う。

「あ、今、腹がたっているな・・・・・・」
「そうか。悔しいんだ」
「すごく空しい・・・・・・」
「ワクワクしている!」
「落ち着いて静かな気持ちだ・・・・・・」

私自身が、特に鈍感だったのは陰性感情だ。怒り、悲しみ、落込み、寂しさ・・・・・・。
下手に自己啓発書など書いているものだから、ネガティブな感情を封印しようと
するクセがついているようだ。だから、陰性感情ほど感じないように、
考えないように、抑圧し、押し殺すクセがついていた。

「いやいや、マイナスなことを考えてはいけない。
もっとポジティブにならなくては・・・・・・」そんなことを繰り返すうちに
自分の心の声が聞こえなくなっていたようなのだ。

しかし、人は自分の心の声を「否認 denial」「歪曲 distortion」することこそが、
もっとも心の不健康な状況だ。本コラムでも繰り返し取り上げてきた
心の健康な状態である「自己一致 self-congruence」と対極にある状況だ。
そうではなく、心の声をそのままに聞く。陰性感情を感じるのだ。

ただ、ありのままに自分の感情を感じる。「ああ、今、腹がたっているな・・・・・・」
「すごく空しい・・・・・・」。その感情をむりに変える必要はない。
そして、その原因となっている事象を解決する必要もない。ただ、「ある」ことを
そのまま感じることが心の健康にとっても大切だと思う。
それこそが自己受容である。自己受容は自己肯定とは違うのだ。

最近は、鎌倉の自宅で、ただ鳥の声を聞いたり、森のざわめきを何十分間も
ぼんやり聞くことができるようになってきた。かつての私であれば、森を眺めながらも、
忙しくアイフォンでネットをチェックしたり、BGMを頻繁に変えたり、時間を
有効に使おうと本や雑誌を読んでいたことだろう。

しかし、今の私は違う。ただ、本当にぼーっと森のざわめきを眺め聞く。
ようやくそれができるようになってきた。すると、小学生の頃の記憶が
ひんぱんに甦るようになってきた。ああ。私はこんな感情をかつて毎日のように
味わっていたんだな、と懐かしく、私は私自身を愛おしく思うようになった。

大前研一さんの有名な言葉がある。人生を変えるには、住むところを変えるか、
逢う人を変えるか、時間の使い方を変えるしかない。私はここ数年、いや数十年かけて
ずっとその3つを大きく変えてきた。そして、今、さらにそれを推し進めようと
しているように思う。

そんな私が、たどり着く先は・・・・・・。

それは、私が子どものころであるように思う。

私が私に還りつつある。

私は他人には決してなれない。私は私だ。
51歳の誕生日を過ぎて、ようやくそんなことに気づきつつあるように思う。

さて。
あなたは今、あなたですか?

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