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3月4日配信 小倉広メルマガ vol.247 『いい人のフリやめました。とっくにいい人だから(笑) 』



vol.247「いい人のフリやめました。とっくにいい人だから(笑) 」

思い込みは恐ろしい。「私は悪い人間だ。人に迷惑をかけている」
そんな自己概念が自分の中にずっとあることに気がついた。

アドラー心理学で呼ぶライフスタイル(性格)は3つの要素で構成されている。
自己概念、世界像、自己理想、だ。この3つは以下のような文章で
つなげてみると理解しやすい。私の例で言うならば、以下のようなものだ。

自己概念:私は悪い人間だ。私は人様に迷惑をかけている
世界像:世の中の人は私を責める
自己理想:(だから)私は常に反省し、罪滅ぼしをしなければならない

アドラーはこう言った。「人間であることは劣等感を持つということである」。
劣等感のない人はいない。アドラーの言う劣等感は他人と比べての
相対的なものに限らない。自らが目指す人間像(究極目標)に対して
未達成である自分に劣等感を持つ。またあらゆる人が経験している子ども時代、
大人に対してかなわない、という無力感を感じ、大人になってからも
持ち続けている場合も多いという。もちろん、親からの小言や刷り込みを
そのまま信じて、自分を責め続ける人も多い。私の場合はどうだろうか。
全部あるような気がする。

いずれにせよ、私は自分を責めることを無自覚な習慣としてきた。
そういえば、つい4年ほど前に机に貼っていた言葉がある。
「ご恩返しと罪滅ぼし」。自分を罪人だと思い込んでいたようだ。

アドラー心理学では、あらゆる言動には本人も気づかない隠された目的がある、
と考える。私が自分を責める、自分を罪人だと思うのにも目的がある。
フロイト心理学的なトラウマや原因論ではなく目的論で考えてみよう。

命題:小倉広は自分が悪人であり、人に迷惑をかけていると思い込んでいる。
その原因もしくは目的は何か?

フロイト心理学的「原因論」:
幼少期に親にすり込まれたのが原因である。
少年時代に対人関係に失敗したトラウマが原因である

アドラー心理学的「目的論」:
(1)自分を責めることにより「私はちゃんとわかっている、反省している」と
周囲へ言い訳をしている。
(2)自分を責め、自罰を与えることにより「これだけ反省しているのだから
もう私を責めないで」と防衛をしている

 

おそらくは上記のメカニズムが働いていたのだろうと思う。
しかし、このライフスタイルを知ってしまったからには、私はこれからのことを
自ら選択し直さざるを得ない。私はこれまで「自罰」することが義務であり、
それで自分を守ることができる、と考えてきたが、どうもそうではないように思う。
そして、これまで考えてもみなかった質問を自分にしたのだ。それは・・・・・・。

「本当にオレって悪い人間なの?」
「もしかしたら、オレはそんなに悪い人間じゃないかも?」
「たくさん失敗もしたし、人も傷つけてきたけど、いい人間のところもあるよね?」
「いや、オレっていいところあるよね」

そんな新しい世界が今、私の目の前に開けているように思う。

以前のメルマガでこんなコラムを書いてきた。
vol.237 「小倉広、修行僧、辞めます」http://blog.ogurahiroshi.net/archives/515

さらにもう一歩突っ込んで宣言をしたいと思う。

いい人のフリやめました。とっくにいい人だから(笑)

これまで、私は自分が悪い人間であり、反省し続けなくてはならないと思って
生きてきた。だから、きっと自分でも気づかないうちに、「小倉広は悪人だ」
と自分を責める人を周囲に集めてきたように思う。今、私は私を責める人とは
あまりお付き合いしないようにしている。
無理しておつきあいする必要はないからだ。

だからといって、反省をしないわけではない。過去にしでかした
たくさんの失敗や人を傷つけたことから気づいた、自分の悪いクセについては、
これからも注意し、同じ轍を踏まないよう、意識をしていきたいと思う。しかし、
それとこれとは別なのだ。自分を責める必要も自分を悪い人間だと思う必要もない。
その2つを分離できることにようやく気づいたように思う。

年末に尊敬する講師、著作業界の先輩である株式会社エンパワーリングの
上村光典さんにお世話になり、米国のアバターというプログラムに
参加させていただいた。そこで学んだことがある。「プライマリー(心からの思い)
は、わざわざ宣言したり、強調したり、相手に確認する必要はない。
あるといったらある。何の疑いもないものだ」というものだ。
この教えはその通りだと思う。

その意味では、私のこのコラムは「宣言」であり「確認」である。
だから、本物のプライマリーではない、のかもしれない。それが本物の
プライマリーになった時、このようなコラムは不要だし、相手の顔色を
うかがうこともなくなるだろう。でも、これは貴重な第一歩だ。
だから、ものを書く職業のものとして、この一歩はきちんと記しておこうと思う。

いい人のフリやめました。とっくにいい人だから(笑

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