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3月14日配信 小倉広メルマガ vol.249 『自分に問い続けよ』



vol.249「自分に問い続けよ 」
出典:折れない自分のつくり方

-リーダーとは裸の王様である
リーダーは、立場が上になればなるほど、上司が減っていく。
上はもういない。意見を言ってくる人や、誤りを正してくれる人が減り、
叱ってくれる人がいなくなる。その究極は社長だ。

リーダーになるとメンバーができる。自分の意向に従い、行動してくれる
メンバーだ。リーダーになりたての頃は、その力を過信する。
自分が成長して力がつき、人を動かせるようになったのだと思ってしまう。
そして、あたかも万能の神になったかのごとく、勘違いしてしまうことがある。

自分が間違っていても逐一注意をされなくなる。
楽をしても責められなくなる。放っておくと自浄作用が働かなくなる。
人のため、メンバーのため、を言い訳にしながら自分に嘘をつき、
楽をすることができてしまうわけだ。

こうした意味でもリーダーは「裸の王様」になりがちだ。
自分でも気がつかないうちに自分本位に陥り、頑固で
わがままな間違った自分軸を立ててしまう危険がある。

そうならないためには、自分で注意し、気づくしかない。
セルフ・チェックをし、絶えず自分に問い続けていくしかないのである。

-リーダーが負うべきノブレスオブリージュ
ヨーロッパ社会には「ノブレスオブリージュ」という騎士道精神がある。
「noblesse(ノブレス)」とは貴族、高貴なもの、
「oblige(オプリージュ)」は義務や責任を意味するフランス語だ。

1800年代に活躍したフランスの政治家ガストン・ピエール・マルクが、
高貴な身分の人が果たす社会的責任として最初に使ったとされる言葉だが、
ヨーロッパでは古来その精神が息づいていた。

貴族はそれぞれの土地の王様のような存在であったが、戦争が起きれば
最前線で軍を率いて戦い、村を困窮から救うためには快く私財をなげうった。

古代ローマが国として1000年続いた原動力には、このノブレスオブリージュ
の精神の存在があったためだ、と指摘している研究家もいるほどだ。

イギリスでは第一次世界大戦の際、貴族の子弟の戦死者が多かった。
それもまた、ノブレスオブリージュによるものであろう。

人は位が高くなればなるほど、自分を律し、社会や人のためを思う
騎士道の精神を求められる。

貴族のいない現代日本の社会では、企業のリーダーがそれを求められるのだ。

-稲盛名誉会長は百回問うた
リーダーが直面する問題は、上に行けば行くほどに、一筋縄では
いかなくなる。倫理観を守り社会的責任を果たすことと、常に業績を
上げ続けることの二律背反の中で決断を求められる場合が増えてくるからだ。

たとえば、メンバーの親族に不幸があった。一方では明日、
1年がかりで進めてきた億単位の商談が控えている。
プレゼンテーターのメンバーは仕事を投げ出せな
いという。そのとき、上司のあなたはどう判断すべきか。

おそらく正解はない。 答えは見つからない。

だが、あなたはどちらかを選ぶ。そしてその決定には、誰も口を
挟めないだろう。善悪や倫理観、人間の根本にふれる問題は、
人がタッチすることができないタブーの世界だ。リーダーになると、
人から意見されなくなるのは、こうした価値観を伴う判断が
増えてくるからでもある。だからリーダーは自らノブレスオブリージュを
発揮しなければならない。自分を律し、修行し、絶えずセルフ・チェック
しなければならない。自分は正しいのか。軸はプレていないのか。
自己懐疑し、自問自答し続けなければならない。

JALの稲盛名誉会長は、大きな判断をするときには、自分に
百回問いかけるという。経験豊富な稲盛名誉会長のことだ。
我々凡人から見れば、会長ならばすぐに答えを出せるのではないか、
と思ってしまう。しかし、稲盛名誉会長は自問自答を繰り返す。

会長ほどの存在ともなれば、自分が下した決定に対していろんな角度から
ボールが飛んでくるに違いない。鳩山首相(当時)からJALの再建を
要請された際も、社員、株主はもちろんのこと、マスコミや評論家、
世界中の人々から去就に注目が集まった。

そうした各方面から提示され得る疑義を想定し、自問自答されたことだろう。
そして、外部の反応以上に大切にされている自分軸がある、
と稲盛名誉会長はおっしゃっている。それが、次の言葉だ。

「動機善なりや、私心なかりしか 」

時の総理の要請を受けて公共性の高い企業の再建を引き受ける。
それは理屈ではなく、使命感や、生き方や日本をどう考えるかといった
選択だったのではないだろうか。そこに打算はないか。私欲はないか。
100回の問いの多くは、その検証だったに違いない。

リーダーは、誰からも意見をされなくなる。誰からも 叱ってもらえなくなる。
すると独りよがりになり、裸の王様になってしまう確率が高くなる。
しかるにそれは、自分で気づく以外にない。自分軸を築きながら、
同時に自己懐疑する目を持たなければならない。
軸は正しく立っているのか否か。
その判断を埋めるのは、自分自身のノブレスオブリージュだ。

リーダーは高貴であらねばならない。揺るがない自分軸を
持たなければならない。そのためには、何度でも何度でも、自分自身に
問い続けていかなければならない。その繰り返しにより、少しずつ
揺るぎない信念という砂柱が積み重なっていくのだ、と私は思う。

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