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12月6日配信 一偶を照らす vol.3『やらされ仕事』



「用意、スタート!」

2012年12月2日。大きなピストルの音と共に、どしゃぶりの雨の中、私たちマラソンランナーはスタートを切った。

このNAHAマラソンのテーマは『太陽と海とジョガーの祭典』

昨年の同時期、私が人生で初のフルマラソンにチャレンジしたとき、沖縄の空は快晴。気温は25度もあった。しかし、今回の気温は18度ほど。昨夜から降り始めた雨は、降り止むどころか強くなる一方であった。

ドラえもんやスパイダーマンの仮装をしたランナーのかぶり物がぐっしょりと濡れている。さぞや、重いだろうな……。そんなことを考えながら、私はピストルの音が鳴ってから10分ほど後に、ようやく走り始めた。

2万5千人を超える参加者がいると、列の中ほどに並んでいる私が走り始めるまでに渋滞で時間がかかる。私は、最後尾に近い位置からスタートした昨年はスタートするのに20分かかったのを思い出していた。

走り始めてみれば、雨はまったくといっていいほどに気にならなかった。ハイペースで飛ばす友人をしばらく追いかけながら、私も次々とランナーを追い抜いていく。10分少し走ったところで、那覇市の繁華街、国際通りに到達した。途端に道幅が狭くなる。その狭い道を縫うように、さらにランナーの間をかき分け、私は走り続けた。

沿道には、たくさんの応援の方が駆けつけてくれていた。店の二階、三階の窓から大きく手を振る飲食店スタッフ。沿道で黒糖や水を持ってランナーに配っている方々。子どもたちは、次々と過ぎていくランナーとハイタッチを交わし、笑顔をふりまいていた。私は、彼らの応援に暖かい気持ちを感じながら好調に走り続けた。

やがて、5kmという看板が見えてきた。早いな。私は思った。毎朝、時間がない時に30分ほどで走る短いコースがちょうど5kmくらいだ。今日は調子がいいな。走りながら私はそう思った。

7~8kmくらいから、緩やかなアップダウンが始まった。上り坂はやはり足が重くなる。10kmを過ぎたあたりから、呼吸が速くなり息を吸い込む胸が少しつまり気味になるのがわかった。まあ、こんなもんだろう。私はかまわずに走り続けた。

15km。街中を抜け、風景が変わり始める。左右は私の背丈よりも高いサトウキビ畑が広がっている。遠くに牛の声が聞こえる。肥料の匂いがする。私たちは、海へ向かって走り続けた。

20km、もうすぐ折り返し地点。第一の足切り関門、沖縄平和記念公園が近づいてきた。遠くに海が見える。周囲は開けた平地に発電用の大きな風車がいくつも回っていた。相変わらず、やまない雨の中、沿道にはたくさんの応援の人たちがいる。
「みーかーんーどーぞー!」小学生の女の子がお盆を前に差し出している。小さなミカンの皮が向いた状態でお盆にたくさん並んでいる。
ランナーがさっと手に取り食べられるように半分から1/4に分けてある。

「ありがとう!」私は1つつまみ、口に放り込んだ。甘酸っぱいミカン汁が口の中でぷしゅっとはじける。疲れた体にちょうどいい酸っぱさだ。
私は、ミカンの爽やかな酸味を味わうと共に、たまり始めた疲労を感じていた。その時、目の前になだらかに続く長い登り坂が見えた。嫌な上り坂はしばらくは続きそうだ。

「歩こうかな……。」そう思ったとき、もう既に私は歩き出していた。
「折り返し地点までは歩かずに走ろう」なんとなく、そんなことを思っていたのも束の間、私はとぼとぼと歩き、次々と後ろから来るランナーに抜かれていった。

「歩いたっていい。また走ればいい」。私は自分にそう言い聞かせて、息が整うまでの間3分ほど歩き続けた。
「次の電信柱でまた走りだそう」。私は、そう一人、自分に宣言して、その言葉通りにまた再び走り出した。

20kmを越えてから、1kmごとに表れるはずの看板が中々表れなくなってきた。いや、そんなはずはない。私の中の感覚が変わって来ただけだ。「1kmってこんなに長かったっけなぁ……」私は、そう感じ始めていた。その瞬間、私は再び歩き出していた。そんな風に1kmの間に1~2回、歩きながら、私は折り返し地点の平和記念公園に突入した。

公園内の沿道にはそれまで以上にたくさんの方々が、大雨の中、傘を差して応援をしてくれていた。10年間一度も雨は降らなかったという天気に恵まれている那覇マラソン。今回はこれでもかという位、絶え間ない雨。公園内のエイドでは恒例の水道水のシャワーが頭上から降り注ぐポイントがあった。今日は、水道水のシャワーよりも降ってくる雨の方が激しい。競うようにシャワーに群がりクールダウンしていたランナーが今年は誰も浴びようとはしない。雨の中のシャワーか、滑稽だな……。私はそう思いながら、また歩いていた。

公園を通過し、看板は25kmを指していた。あぁ、しんど……。私は無意識のうちに一人ごとを言っていた。「なんで、わざわざこんなにしんどいことをしているのかな、オレ……」再び走り出すと、ももの前側にある大腿四頭筋と、裏にあるハムストリングスが痛むのがわかる。それにさっきから肩がガチガチに凝っているし、背筋も痛い。

「ここで棄権したら、メルマガ読者の方々はがっかりするだろうなぁ……」そんなことを思いながら、また私は歩いていた。すると、今度は左側の腰に鋭い痛みが出てきた。「腰まで痛くなってきた……」。

弱音を吐きそうになる自分自身に私は言い聞かせていた。「7月に100kmトレイルで完走したじゃないか。それに比べれば平地の42kmなんて楽勝だろう」「来年の4月にはサハラ砂漠を250km走るんだぞ。たかだか平地の42kmで音を上げていてはサハラなんて走れないぞ」。

私は自分を無理矢理奮い立たせては、また走り始めていた。しかし、心の中は今ひとつ晴れない。そんな時、私は、先月、友人たちと共にした食事のテーブルでの場面を思い出した。私が主催する人間塾で共に学ぶ仲田さん(仮名)が私にランニングキャップを差し出してこう言ったのだった。

「来月、初めてのフルマラソンを走るんです。そのときにかぶる予定のキャップに、ヒロさん、何か一言書いて下さい」。え?僕でいいの? 私は迷った後、キャップのツバに黒マジックで大きくこう書いた。

「感謝」

オリンピックで金メダルを獲得した高橋尚子選手はインタビューに答えてこう言っていた。「走れることに感謝。応援してくれる皆さんに感謝。コーチに感謝。私を産んでくれた親に感謝。そうすると不思議と元気が出るんです。タイムも良くなるんですよ」

確かにその通りだ。私たちは無理矢理誰かに「走らされている」のではない。「好きで」走っているのである。わざわざ休みを取って、お金を払って、飛行機に乗って、楽しみのために、趣味で、走っているのだ。そして、それを支えてくれている、ボランティアの皆さん、家族や友人、会社の同僚たちがいる。そこに感謝できなくて何であろうか。

そんなことを思い出しているうちに、私は愕然とした。何だ。偉そうに、人様のキャップに「感謝」と書いておきながら、気がつけば「イヤイヤ」走っている自分がいるじゃないか。それに驚いたのだ。

自分で選び、好きで走っていたはずが、無意識のうちにイヤイヤ走るようになってしまう。これは、マラソンに限った話ではないのではないか。

自分で選んだ会社。好きで始めた仕事。それが気がつけばイヤイヤやっている。やらされ感いっぱいでやっている。そんな経験が皆さんにも一度や二度はあるのではなかろうか。

かくいう私も会社員時代にはそんなことがよくあった。しかし、あるとき、突然気がついた。「やらされ仕事」は辛い、と。とてつもなく苦しい、ということに気がついたのだ。そして、同時に思った。「やらされ仕事」なんて、本当はこの日本では、一つもないんだ、と。

例え、上司から与えられた仕事が「自分がやりたい仕事」とはかけ離れていたとしても、少なくてもその会社を選んだのは自分だ。自分で選んだ会社の上司から与えれた仕事が「やりたい仕事」ではないにせよ、少なくても、その会社は自分で選んでいる。であれば、その仕事は「自分で選んだ仕事」である、といえよう。なのに、なぜ、その仕事を「やらされ感」いっぱいでやっているのだろうか。おかしいじゃないか、と。

イヤだったらば、会社を辞めればいい。職業選択の自由は憲法で保障されている。しかし、この会社を辞めるのがイヤならば、文句を言わずにとことんやればいい。なにしろ、自分が選んだ、好きな会社、なのだから。そう思うようにしたのだ。

すると、世界が変わり始めた。当時やっている仕事は、相も変わらず「やりたい仕事」ではないものの、確実に心が軽い。『やらされ仕事』と思っていたときとは雲泥の差で、仕事がおもしろく、やりがいがあるように感じられたのだ。

マラソンも同じ、か……。やらされているのではなく、自分が選んで、好きでやっている、ということを思い出せばいい。イヤなら止めればいい。誰もとがめはしない。好きならばやればいい。楽しめばいいだけなのだ。

私は、仕事で意識を変えてから、まったく仕事の種類や職場の状況が変わらなくても、『辛さが消える』という経験を持っている。それをこのマラソンにも当てはめればいいだけではないか、と気がついた。

ああ。オレは好きで走っている。自分の意思で走っている。走りたくても走れない人が世の中にはたくさんいる。
走らせていただいている。
丈夫な体に生んでくれた親に感謝。
家族に感謝。
会社の同僚に感謝。
ようやく、人間塾の仲間である仲田さんに伝えた「感謝」を自分自身がリアルに感じ始めることができたのだった。

後半折り返し地点から、私が歩く距離が格段に減ったのを実感した。それまで2~3割近く歩いていた私が、1割しか歩かなくなった。残りの9割はたとえスピードが遅くても走り続けたままで、ゴールを迎えることができたのだ。

やらされ仕事なんて、職業選択の自由が保障された、この日本にはない。あらゆる仕事は、自分が好きで、自分の意思で選んでいる仕事なのだ。
それを改めて思い出しながら、私は大雨による泥だらけのトラックで、泥しぶきを上げながらゴールを駆け抜けた。

うん。やればできる。自分で選んで、自分でやり遂げる。なんて気持ちがいいんだろう。
記録は、5時間36分という遅い遅いタイムながら、私は充実感を感じていた。

やっていることは何一つ変わらなくても。それが「やらされ」ではなく、自分の意思で選んだこと、好きでやっていること、と意識を変えるだけで、こんなにも気持ちが違うんだ、ということを私は今回のNAHAマラソンを通じて改めて実感していた。

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