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11月28日配信 一偶を照らす vol.2『馬脚をあらわす』



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名古屋までの新幹線。必死に原稿を書いていたらアナウンスが流れ始めた。
「次は名古屋、名古屋……」

まずい、急がなくては……。私はあわててパソコンや手帳やゲラ校正などを片付け始めた。テーブルをたたみ、窓際の飲み物をゴミ袋へ入れ、電源コードやモバイルWifiをかばんにしまい、あわてて出口へ急ぐ途中で気がついた。

私の座席のリクライニングが倒れたまではないか。そして、おしぼりが窓際に置き去りにされている。いつもはきちんと直してから出るのだが……。今日は時間がギリギリだ。えぇい、たまにはいいか……時間がないし。そう思ったときに、ふと、ある言葉が頭に浮かんだ。

『馬脚をあらわす』

新幹線を降りるときに、リクライニングを元に戻す。ゴミを捨てる。あたりまえのことをするのが大切だ。そんなことをコラムに書いている私が何をやっているのだ。私は自分の浅はかさが恥ずかしくなってしまった。

「小倉さん、来週の講演、映写するスライド、いつ頃もらえますでしょうか?」部下が声をかけてきた。私は外出間際に原稿の締め切りが重なり、なおかつ、電話の応対に追われているときだった。ちっ。心の中で舌打ちをする音が聞こえた。そして無意識に強い言葉が口をついた。

「とっくに送っているだろう!先週送ったのにもう、忘れたの?」ハッとした表情の部下。その表情を見て、私もハッとする。また、やってしまった……。

人は困難に出会ったときに、地が出てしまう。普段、隠していたはずの醜い本性が顔を出すのだ。優しい上司、人柄の優れた人物。そう装っていた「ありたい自分」「人からこう見られたいという自分」が姿を消し、素の自分、ありのままの自分が顔を出す。

アドラー心理学において、ライフタスクが困難だとライフスタイル(性格・価値観)が出る、という。ペルソナ(仮面)が剥がされる、というのだ。

そうか。だからか。

試練が人を育てる、という。それは、試練、すなわち、ハードルを乗り越えることで筋力、すなわち能力がつく、という意味だけではない。

試練が訪れることによって、体裁のいい「ペルソナ」(仮面)を引き剥がされ、本来の「素」が出る。「地」が出る。嫌らしく、ずるい自分が出てくる。それと向き合わざるを得ないのだ。

そんなとき。ダメな自分から目を背けずにそれに向き合うことが大切だ。そして、自分を叱咤激励する。自分を高めていくのである。

同時並行で逆の面も必要だ。ダメな自分を許すのである。嫌らしくて、ずるい自分を認めるのだ。「業(ごう)」が深い自分を笑い飛ばす。だからこそ、逆に、向き合うことができる。チャレンジができるのではないか、と私は思う。

ダメな自分に向き合い克服する。ダメな自分を許す。この二つは二律背反ではない。同時並行的に処理が可能。いや、同時並行でなくては克服は不可能ではないか。私は体験からそう思う。

忙しさから余裕がなくなったとき。袋小路に追い詰められたとき。嫌らしくて、ずるい、嫌な自分が顔を出す。

それに向き合う。それを許す。そんな経験を繰り返しながら、人は成長していくのだろう。

新幹線の車両の中をあたふたと急ぎながら、リクライニングを直しながら。そんなことを考えていた。

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