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11月2日配信『人は「志」に集う』



松任谷由実の「ルージュの伝言」や「卒業写真」、中島みゆきの「時代」、バンバンの「いちご白書をもう一度」、イルカの「なごり雪」、布施明の「シクラメンのかほり」がヒットしていた1975年。私は10歳で小学校に通っていた。

バスケットボールの簡易版であるポートボールに熱中し、試合後にファンタ・グレープの1L瓶を一気飲みするのが楽しみな少年だった。中島みゆきの「時代」をアルペジオで弾けるようになり大喜びをしていた。毎日、新しいことに出会いわくわくしていた1975年だった。

同じ年、カンボジアでは、ポルポトが率いるクメール・ルージュが都市部に暮らす知識層をツールスレン刑務所へ熱心に送り込んでいた。教師、弁護士などの専門家、および大学の卒業生は、ただそれだけの理由で刑務所へ送られた。さらには、手が柔らかい者、眼鏡をかけている者も知識層と見なされた。そして、その家族も残らず全員刑務所送りとなった。「雑草を抜くなら根っこまで」子孫による復讐を恐れたポルポトは、乳幼児までもをその対象としたのだった。

ポルポトが目指した急進的な毛沢東共産主義は、全国民が農業をすれば国が富み幸せになれる、という極端なものであった。そのため、知識階級や都市部に暮らす国民は不要であり、悪である、という思想が流布された。そして、知識階級と疑いをかけられた者は全員が刑務所へ送られたのである。

悪名高きツールスレンを始めとする刑務所では熱心に拷問が行われていた。容疑者はロープで吊り下げられ、腐った汚水に頭を突っ込まれ、ツメを剥がれ、ムチで打たれた。「私は米を盗みました」「私はCIAの手下でした」「私は政府の秩序を乱しました」そう書かれた嘘の供述書にサインをするまで地獄の拷問は続くのだ。もちろん、全員がまったく覚えのない供述書にサインさせられたのは言うまでもない。

サインをさせられた者は、目隠しをされ、手足を縛られて移送のバスに乗せられた。行き先はチェンエクなどにある処刑場、通称キリング・フィールドであった。バスが処刑場へ着くと彼らはその日のうちか翌日に処刑された。銃弾は高価なため、殺戮は身近な道具で行われた。農業に使う斧、釜、さらには鋭い椰子の葉など安価な道具で、ツールスレンだけで連日300人もの人間が殺され続けた。幼児は木の幹に頭を叩きつけられて殺された。

憎むべき殺戮は3年8ヶ月に渡り続き、当時800万人しかいなかったカンボジア国民の4割近くにあたる300万人が命を失うこととなった。こうして、カンボジアの歴史はわずか数年でズタズタにされた。

農業に学問は不要との理由で学校はすべて廃止され、知識層は殺された。先のツールスレンなど刑務所の多くが学校施設を改造して使われたのがその象徴だ。かつて子どもたちが学び、遊び、笑顔と歓声に満ちていた学校で、日々拷問が行われたのだ。

「教師だったお父さんが殺されました。私もお父さんのように先生になりたい。英語を教えて」
「将来は人の命を救う医者になりたい。勉強を教えて」

NPO法人HERO代表理事の橋本博司さんは、今から15年前、20歳の時にカンボジアを旅行した際、子どもたちからこのように頼まれ大きなショックを受けた。
http://npo-hero.org/

自分が生まれるわずか数年前に、このような恐るべき悲劇があったとは。そして、未だに子どもたちはその影響で学校に通うこともできないとは。橋本さんは思った。よし、この子どもたちに学校を作ることを自分の夢にしよう、と。

しかし、どのようにすればいいかわからない。果たして、そんな大それたことを自分はできるのだろうか?想像もつかない夢に日付を入れる際、橋本さんはとりあえず自分の年齢の倍にしよう、と根拠なく思った。「40歳までに学校を1校つくる」。実現可能かどうかはわからないが、橋本さんはそれを自分のライフワークにしようと思った。

その夢は6年も前倒しで実現された。そして、来年3月には、橋本さんが作る4校目の学校ができあがる。学校へ通うことができない300名の子どもたちが学校へ行き、彼らの夢である医師や教師になることが可能になるのだ。

現在カンボジアには、橋本さんのような志ある人々により建設された学校が800校ほどあるという。橋本さんの現地スタッフであるビジュットは言った。「他の国の人も支援はしてくれますが、皆、ビジネスの利益が目当てです。学校を作る、のように利益に関係ないことをしてくれるのは日本人だけです。カンボジアの人は皆、学校を作ってくれる日本人に感謝しています」。

今週月曜日10月29日、私は初めてカンボジアの地に降り立った。プノンペンの空港には橋本さんが迎えに来てくれていた。「小倉さん、ようこそカンボジアへ!」「橋本さん、ありがとう!」

きっかけは、私が主催する東洋哲学の勉強会、小倉広「人間塾」へ橋本さんが参加してくれたことだった。橋本さんの素晴らしい活動について聞いた他の塾生と同様、私も彼の志に強く胸を打たれ、何か手伝いたいという思いがわき上がってきた。「橋本さん、私にできることは何かありませんか?」橋本さんは即答した。「まずはカンボジアへ来て下さい。そして、小倉さんの目でカンボジアを見て下さい」。私も即答した「すぐに行きます。スケジュールは何とかします」。そうしてこの旅が決まったのだ。

プノンペンで橋本さんは、私をツールスレン刑務所とチェンエクのキリング・フィールドへ連れて行ってくれた。「まずはこの国の歴史を肌で感じて下さい。なぜこの国に学校が必要なのか?を知っていただくためです」。その答えが本日のコラムだ。

橋本さんの夢は「可能性が0%の子どもをなくす」ということだ。学校に行くことができれば、可能性が生まれる。しかし、学校にも行けず、読み書きもできない子どもが医師や教師になることはできない。つまり、彼ら子どもたちが夢をかなえる可能性は限りなく0%に近いのだ。それを1%に変えたい、と橋本さんはいう。

そして続ける。「松下幸之助さんの言葉に次のようなものがあります。『志とは、自分自身が生きているうちにはかなわずに結果を見ることができないものに対して、全力で打ち込むことです』と」
http://tokyo-president.net/payitforward

「私が掲げる『志』もそうかもしれない。カンボジアの子どもたちの可能性を0%から1%にする。学校へ通えなかった子どもたちが文字を習い、学校へ通い、夢を叶えるヒーローになっていく。それは今から20年後か30年後かもしれない。もしかしたら、私はそれを見届けることができないかもしれない。けれども、そこに向かって全力を尽くしていく。私は『志』とはそういうものだと思っています」橋本さんは、きっぱりと言った。

橋本さんの「志」に賛同した人たちが、その「志」のもとに集う。そうして、3つの学校が生まれた。そして今、4つ目の学校建設に向けて大きく動き出している。これまで中々集まらなかった有志からの募金が一気に動き出したのだ。

「小倉さんも募金をしてくれた、あのウェブサイト。あれ、目標金額に到達しないと、全額返金されてしまうんですよ」「え?今、60万円くらい集まっているあのサイトですか? 目標金額っていくらなんですか?」「120万円です
。まだ半分くらいしか集まっていません。11月16日までに到達しないと、私の活動が世の中から支持されなかった、として、募金活動不成立、全額返金になってしまうんです」。
https://readyfor.jp/projects/hero_cambodia_school/comments

カンボジア滞在初日の夜、食事をしながら橋本さんから聞いたこの一言で、まずは私のやることが明確になった。橋本さんを助けるのだ。私のメルマガやFacebookを読んで下さる数万名の皆さんへ、橋本さんの「志」を伝えるのだ。それが私にできる、最大のお手伝いだ。私は早速、FacebookやTwitterで数千名の「友だち」に窮状を訴えた。「力になって下さい」と。

すると、あっという間に奇跡が起きた。わずか一晩で60名以上もの方が、足りなかった60万円を寄付して下さったのだ。募金総額は120万円を上回り、4校目の建設資金の一部が一気に集まったのである。

また、私は渡航に先立ち、学校へ通う子どもたちのために歯ブラシを集める活動も行っていた。私が本メルマガとFacebookなどで呼びかけた結果、集まった歯ブラシは現在わかっているだけで506本。さらには、追加で(公益財団法人)ライオン歯科衛生研究所さんから300本の歯ブラシ供与のお申し出をいただいた。これで、3校の子どもたちのほぼ全員に歯ブラシを手渡すことができるようになったのだ。
URLコラム「子どもたちを救え!『歯ブラシ大作戦』」

私は感謝の気持ちでいっぱいに満たされた。と、同時に驚いた。それは、私の影響力の大きさではない。橋本さんの「志」がもたらす影響力の大きさについてだ。人は人に集うのではない。人は「志」に集い、動かされるのだ。それを強烈に実感するできごとであった。

「志」。それが経営者のものであるならば「理念」や「ビジョン」「ミッション」と呼ばれるであろう。それに人々がつき動かされる。社員たちが熱狂する。私はそれを現在進行形で間近に目撃する経験をさせてもらったのだった。

カンボジアの旅は昨日の夕方まで続いた。その間に私たちは、歯ブラシを学校に届けたり、学校に子どもを通わせることができない貧困家庭の家計を助ける個別相談などの活動を行った。この報告は次回以降にしたいと思う。橋本さんの「志」が起こした様々なドラマを追いかけてご報告したいと思う。

以上

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