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10月5日配信『行為の結末に責任を取らせる』



「いいか。新宿から高尾山までの間、電車の中でおとなしくしているんだぞ。わかったな?」

松井さんが子供たちに向かって諭している。

「うん。わかっているよ。それより、お父さん、お菓子、買ってよ」

松井さんの話を聞いているのか、いないのか、息子のタカシがすかさずおねだりをした。

「お菓子の話をしているんじゃない。おまえたち本当に聞いているのか?」

苛立った様子で松井さんが繰り返す。

「はーい。わかってまーす。電車の中では騒ぎませ~ん」

タカシのクラスメイトがおちゃらけた感じで気のない返事をした。

「おまえたち。いいか、約束だぞ。約束を破ったら、お父さん途中で帰っちゃうぞ」

はーい。

松井さんが言った先から二人は人ごみでごった返すホームで追いかけっこを始めてしまった。松井さんは、大声でどなる。

「こら!今、言ったばかりだろう!走るな!」

プシュー。電車の扉が開く。すぐに座席が埋まる。松井さんは、なんとか三人並びの座席を確保した。遅れて駆けつけたタカシたちもあわてて松井
さんの隣に座った。高尾山までの道のりは長い。松井さんは、ようやくほっとした。

やがて、特急列車は一駅、二駅と過ぎて行く。平日のお昼前、通勤ラッシュを過ぎた時間らしく、列車の中はガラガラに空き始めた。すると……。
案の定、タカシたちは、電車の中を走り始めた。つり革にぶら下がり、ブランコ遊びをしたり、隣の車両まで全力で駆けたり。「電車の中ではおとなしくしています」と言った約束はまったくもって反故にされてしまったのだ。

松井さんのイライラはピークに達した。そして、おもむろに口を開くと、タカシたちに、こう告げた……。

チリーン、チリーン。時を告げるベルが鳴り、私たち受講生は現実に引き戻された。

「……というような状況だと仮定します。皆さんがお父さんだったら、どのように対応しますか?」

ここは新宿区神楽坂にあるヒューマンギルド社のセミナーホール。私はイチ受講生として「アドラー心理学ベーシック講座」を受講していた。

「さあ、グループで話し合ってみてください」。講師の岩井社長がディスカッションを促した。私も早速、メンバーと討議を始めた。

「もう、ガマンできなくてキレちゃいますよね。ゲンコツの一つや二つは出るかもしれない」という人がいた。一方で、それとは逆の反応もあった。

笑顔の穏やかな、見るからに優しそうなお母さんは言う。「もう、あきらめますね。人に迷惑をかけない限りは、あきらめて、放っておきますね…」

えー?と、納得できなさそうなリアクションをする他のお母さんたち。そして、その後しばらく、「厳しく叱る派」と「あきらめて見守る派」との
間で、侃々諤々と議論がかわされた。すると、またもや……。

チリーン、チリーン!時間を告げるベルが鳴った。そして、ディスカッションをさえぎりながら、岩井社長が解説をしてくれた。

「では、アドラー心理学的な考え方を申し上げます。この場合は、お子さんを叱らずに、しかし、甘やかしもせずに、こう伝えます」

受講生一同は、固唾を飲んで、次の一言を待った。すると。

「約束通り、電車を降りて帰るのです」

えー!? と受講生から一斉に声が上がる。先ほどの優しいお母さんはこう言った。

「せっかく、高尾山に行ける、と楽しみにしていたのに……。かわいそうですよ。約束を破っても行かせてあげます」その話を聞きながら、私はアドラー心理学の考え方がなんとなくわかったような気がした。

アドラー心理学では自分と相手、この場合は父と子供との間の「相互尊敬」「相互信頼」をベースにする。

わかりやすく言うならば「上から目線」ではなく「横から目線」。父と子であっても、対等な「横から目線」を大切にする。

約束を破った息子に鉄拳制裁をする。もしくは叱る。これは明らかに「上から目線」だ。対等ではない。

そして「甘やかし、許す」もまた同様に「上から目線」だと私は思った。強い大人が弱い子供を甘やかす。これは、前提として相手を独立した大人として扱わない、ということを指す。まさにこれも「上から目線」だろう。

もしも、対等な「横から目線」であるとしたら、大人として相手を扱い、約束を粛々と履行すればいい。定めた通りに、途中で降りて帰るのだ。それが大人の社会で受ける当然の報いであるからだ。

アドラー心理学で言う「子供が自分の行為の結末を体験するチャンスを与える」のだ。それにより、子供に「自分の行為の結末に対して責任を引き受ける経験」をさせるのだ。

「ただし……」岩井社長は続けた。

「アドラー心理学はあくまでも西洋の学問であり、日本的な文化とはずいぶん違うんです。だから、何でもかんでも杓子定規にあてはめずに弾力的に運用することが大事ですね」

そう言って、このケースにおいて、もう一度約束をやり直し、ワンチャンスを与える、などの選択肢をいくつか紹介してくれた。

子供に「結末」を体験させるのだ。「自分の行為に対して責任を取る」ことを経験させるのだ。

その経験は、「高尾山に遊びに行く経験」よりもはるかに有意義であることだろう。タカシの今後の人生を考えるならば、「自分の行為に責任を取る」ことを学ばせる方が、よほど子供のためになると思うのだ。

もちろん、これは上司、部下の間でも同じことが言えるだろう。上司がすべきは、部下を叱る、ことでも、甘やかす、ことでもなく、「自立させる」ことなのだから。

目先の優しさではなく、遠く将来を見越した優しさを。我々が親として、上司として求められていることをアドラー心理学は教えてくれた。私は、うんうん、とうなずきながら、その後も、セミナーを満喫した。

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