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10月27日配信『「怒り」は感情の爆発ではない』



「いったい、どこへ行っていたんだ!こっちがどれだけ探したかわかっているのか!」

伊藤さん(仮名)は、怒りに肩をふるわせながら怒鳴った。

「すみません……」

楽しそうに大笑いをしながら歩いていた新入社員たちは、突然のことに驚き、とまどいながら、立ち止まり、人事部の伊藤さんに謝った。まあ、まあ、彼らも謝っていることだし……。伊藤さんの同僚たちが怒る伊藤さんをなだめて、その場はなんとか収まった。
伊藤さんの会社で初めてトライした新卒採用。その大切な採用の中心メンバーとして活躍していたのが20代の若手社員の伊藤さんである。彼はこれまで、新卒採用を成功させようと必死に取り組んできた。その結果、無事、10名弱の内定を出し、なんとか入社までこぎつけた。
そして、現場へと送り出す前に企画した旅行を兼ねた新入社員研修の引率場面で、先のできごとが起きてしまったのである。
伊藤さんたちが、合宿のプログラムを進めようとしていたのだが、一部の新入社員たちが昼休みが終わったのに帰ってこない。もしかして、忘れているのか?
もしくは事故? 事件? 心配した伊藤さんは「探してきます!」と飛び出した。そして、合宿場近くの繁華街で彼らを見つけ、伊藤さんは怒鳴りつけた、というわけだ。

「いやぁ、お恥ずかしいところをお見せしまして……」

遅れて伊藤さんを追いかけた私たちに伊藤さんは恥ずかしそうにこう言った。私たちフェイス総研のコンサルタントは同社の新卒採用プロジェクトと新入社員研修をお手伝いする立場だった。

「せっかく、フェイスさんのコミュニケーション研修を受けていたのに、いざとなったら怒鳴りつけてしまいました。あの場面、本当はどうしたら良かったのでしょうか?」恥ずかしそうに場面を振り返る伊藤さんに、私はこう伝えた。

「怒りは二次感情ですからね。本当の一次感情は他にあるでしょ?」

「一次感情ですか……?そうかぁ。怒りの前にあった感情のことですね。うーん。不安、心配、恐れ、自事故や何かが起きたら大変ですから……。それから、彼らに対する期待が裏切られたことによる、悲しみ、喪失感……、そんなところですかねぇ」

さすがは伊藤さん。自分の気持ちを表現することがうまい。私はそう言って、続きを解説することにした。
怒りは二次感情である。従って、その前に必ず一次感情がある。それが蓄積して爆発したのが怒り。

アドラー心理学では、「行動には必ず意図がある」と考える。つまり「怒りを爆発させる」という行動は、一見、感情の爆発であり意図はないように見えるが、実は意図がちゃんと働いている。
例えば今回の件でいえばそれは「復讐」「懲らしめ」に当たるだろう。

伊藤さんに対して、不安や心配や恐れ、悲しみや喪失感をもたらしたにもかかわらず、彼らは楽しそうに大笑いをしていた。伊藤さんは、その、楽しそうな彼らに「復讐」し「懲らしめ」たかったのである。そのために「怒り」という感情を利用したのだ。
伊藤さんは「復讐かぁ。確かにその気持ちはあったかもしれません……」そう言って続けた。

「では、怒らずにどう伝えれば良かったのでしょうか?」

私は答えた。「一次感情に戻って、伝えれば良かったのかも知れませんね」。
それを聞いて、伊藤さんは、あぁ……と小さく声を漏らし、天を見つめた。

「心配で不安だったんだよ……」
「期待していたので、がっかりして、喪失感を感じたんだよ……」

そう伝えたら、もっと気持ちが伝わったかもしれない。

「小倉さん、私、休憩時間に、彼らに話し直します。今度は二次感情の『怒り』ではなく、一次感情で」

あっ、そろそろ時間だ。では、小倉さん、ありがとうございました。そう言って、伊藤さんは走り去っていった。

伊藤さんに諭しながら私は、自分自身が怒っている場面をたくさん思い出していた。

そう、そう、一次感情に戻して話せば良かったんだ。私は合宿場へ帰る道すがら、自分自身を諭すようにもう一度、過去の感情をおさらいしなおしていた。

以上

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